「先に、他の企業が販売をしてしまう。商品が店頭に並ぶためには一定期間の審査をクリアする必要がある、ときいたことがあります。間に合わないのではないのでしょうか」
彼女は微笑を浮かべる、後ろの二人へそれぞれが持つケースをカウンターテーブルに置くようとの指示。上目遣い。「遅れた販売であっても類似品とみなされても、発売日の間隔が近ければ、他を真似た商品と受け取られにくい。凌駕するのは常に強者。より良いものが残り、淘汰される。自然摂理と一緒ですよ」
「要求には応じられません」店主は断る。
「強制的な圧力は施したくはないと考えています」彼女の落ち窪んだ瞼が、研究に没頭する人間の外面を厭わない隔絶された意識を思わせた。それほど研究が第一の条件。たしかに、研究は消費行動である。価値を生み出せば、研究費が国や企業、支援先からもたらされる。しかし、費用が成果を上回らなければ、資金は還元されず、研究場所、施設を追われる。そういった、不安定な環境を脱し、安定を求めるのは研究者としては通常の動機。
「もう私の手元にはありません」
「捨てたとおっしゃるの?」
「いいえ、手元にはないといったのです」
「場所を移して保管をしている」
「二度は言いません」
「それはないわ」彼女の言動が断定さを増す。「昨日のあなたの行動を見張らせてもらいました。どこにも寄り道することもなく、自宅へ帰った。翌朝までは部屋を出ていない」
「店長に見張りをつけたの?」館山がホールに血相をかえて降り立った。
「本意ではない、だけど仕方がない。それに私の選択は決して間違っていると思わない」
「店長を追うよりも、渡した人を探しなさいよ」
「限られた時間内で何をなすべきかで、人の価値が問われる。最善が、店長さんが所有するサンプルを買い取り、栄養素の仕組みを解明すること」
「あの一つで十分だと思うけどね」
「あなたが、栄養素の解析という名目で渡さなければ、一つで事足りていたわ」比済は口元を緩める。「希少なものをすべて同定検査にまわしてしまった、冷凍保存され残った欠片だけでは、組織構造の解明に不十分。説明してもあなたにはわからないでしょう」