コンテナガレージ

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蒸発米を諦めて1-9

「手が止まっているよ、あと十分ほど炒めて」たまねぎは小川の持つフライパンで真っ黒く焦げたように、しかし匂いは甘く、仄かに香ばしい。

 店長はとり腿肉を冷蔵庫からバットごと取り出す。納得のいかない表情で小川が視線を送ってくる。

「あの人が他人に情報をばら撒いたら、大変なことになりますよ」

「そうかもね」

「他人事じゃ、ありませんよ。また、ご飯の無いランチを考えなくてはいけないのに」背を向けていても声の圧が背中に届く、彼女はこちらに向き直っているはずだ。

「鍋から目を離さないで」

「だって、もう、お人よしにもほどがあります」

「僕は、いたって正常だと思っているよ」店長はまな板の鶏肉についた余分な脂身を包丁で取り除く。

 穀物と野菜だけでは不足分の栄養素を補うため、必要とするカロリーと脂肪分を鶏肉によってまかなうのだ。白米の供給が今後低下するならば、必要摂取分の穀物に含まれる栄養素の代替に肉を取り入れる、と店長は決めていた。穀物の生活を始める前は、狩猟民族で我々は肉を主食としてきた。それは肉が主要な蛋白源、穀物よりも優秀な栄養素を少ない量で摂取できるからであった。たんぱく質は身体組織を構成する要素として働き、アミノ酸の複雑な組み合わせを経て組織を形作る。そのアミノ酸は体内に取り入れた栄養素から作られるものと体外から取り入れる必要のある、体内では作ることのできないものに分けられ、足りない分は体外から取り入れなくてはならない。これら作り出すことのできない必須アミノ酸が減少すると、組織構成、修復のたんぱく質への供給をやめてエネルギーとして利用されてしまう。つまりは、組織が作られなくなってしまうということ。白米に含まれた必須アミノ酸の含有量と代替品との比較、生活という生の実験は未知である。となると、いずれ高価な白米から離れた人々は組織構成をやめてしまうほどの、白米よりも低い必須アミノ酸の含有量の食品を摂取し続け、その現象が表に現れるだろう。不調や病気の名称で。

 あくまでもこれは、僕の考え。対応策に最も米の代替品として有力な小麦粉を挙げる。小麦粉は卵と組み合わせることでたんぱく質の利用を上げる効果があり、小麦は豆類と組み合わせて同様の効果を得られる。しかし、あの女性の子どものように小麦アレルギーを発症しては、摂取は叶わない。

 店長は、小麦利用の将来性と小麦アレルギーを訴える母親の状況改善が新たなお客獲得の進路を指し示しているように思えた。