コンテナガレージ

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踏襲1-3

 「そうじゃない。生徒一人ひとりから学費をいただいて授業を教える機会を設けられているのはむしろ先生のほうだという自覚を持たないのにあれこれと言ったってわかってもらうのは難しいと思うの」

 「私立の学校しか当てはまらない?」

 「先生の給料も基準を設けて変動すれば、世の中も変わるんじゃないかな。それか、完全に無償化にしてしまうか」

 「費用は国が負担するのか?」

 「そうよ。あとは寄付」走りだした車は緩やかな坂を登りきり、突き当りを今度は下がっていく。養われている身分の私が言っても説得力も得られない。

 「疲れてる?」運転手に聞いてみた、それが事実だとしても私には何もできない。私じゃないから。

 「いいや、疲れているようにみえるか?」

 「うん、なんとなく」踏切で一時停止、ここで遮断機に捕まれば乗れるはずの電車を見送るはめになってしまう。電車の到着まではあと数分を残していた。小ぶりな橋を渡り、左手に日本海を望んで駅前に到着した。ロータリーをぐるりと回り、バス停に停車。

 「いってきます」

 「いってらっしゃい」

 時間ピッタリに電車が姿を見せて対面横長のシート、端の人のぬくもりが気にならない席にどうにか滑り込めた。この街には大学が二校あって、朝夕のラッシュ時には降車する乗客も少なくないので空いた席に座れることがある。毎回ではない。今日はたまたま運が良かった、そう思えれば明日座れなくても落ち込まずにいられる。

 なんでもないことのように思えるかもしれないが、通学時間が長いと席の確保はかなり重要なのである。考えてもみてほしい、休日を除いた通学を毎回立って過ごすと往復で一時間半、それらに乗車までの待ち時間を換算すると一日二時間は立ちっぱなしで、これが月曜から金曜まで続くと一週間で十時間にもなってしまう。だから、どうというわけでもない。体は丈夫で疲れもあるがやってやれないこともないのだから文句を言っているうちは元気な証拠。それよりも今は考えるべき、取り組むべき事柄が私にはあるのだ。

 ギターを弾き始めてからかれこれ半年の時間が流れていた。これまでずっと人が作った曲をなぞるように弾いてきた。もう楽譜を見なくても数曲は手が覚えている。なぜ大学生の私がギターを弾き始めたのかというと、昔から弾きたいと思っていたのだ。それが急になんだか思い立って実行に移したくなってしまった。ライブを観に行って影響を受けたわけでも、好きな歌手に憧れたのでもなくて、ギターを弾けたら世界は面白くなるのでは、と漠然とした想いを呼び起こされたから。