コンテナガレージ

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今日からよろしくどうぞ、不束者ですが3-2

「ごめん、痛かったでしょう」顔の向きがおぼつかない、定まりが悪い。人は目の周辺や口元、顔全体に顔と目を向ける。それだけでこちらを見ていると認識、話を聞いていると判定を下すあいまいなセンサーを持っているんだ、金光は目の見えない彼女をそうやって観測に挙げた。じろじろと見つめていることを許された視覚所有の特権。たいそうご立派な権利だ、自分には不釣合い。金光は首を振って、彼女の背中に触れた。

「ここから段差がある、低いよ」

「うん」か細い声。踊り場で待ちわびる店員は、伝票をお腹に当てて待機する。温かいまなざしとも、機械的な仕事上の役割とも取れた。その間に、傘を持った人が幅広、ベルベットの階段に陰影をつけて行き過ぎる。

 金光には確かめる足取りは数十分の長尺に感じられた。彼女と過ごす要件の一つにこの時間の感覚を強制される、決められた店舗の営業時間の雇われた料理人の、窮屈な一日の拘束を嫌い、こうして全国に足を運ぶ気ままな旅と仕事の両立を果たしたのに……。彼は舌打ち。彼女には届いただろうか、いいや聞こえていまい。店内はBGMがかかって、お客の話し声もふんだんに音をかき消してくれたはずだ、心配には及ばない。そうさ、彼はやっと彼女の手を取って、一階に上り詰めた。店員が通路の脇によけ、真正面の窓際の席に手を差し伸べた。トレーを片手に抱える。

 金光が座ろうとした席には先客がいた、階段を上った右手の壁際の席、縦に三つ並んだうちの真ん中である。目立つ場所は計算外だ、金光は顔をしかめた。動かない体が押される、彼女が二の腕辺りを掴んで、くいっと上着を引くのである。声を出せばいいのに……、彼はため息を押し込め、席替えの大役を果たした。