「安佐、あんた、どうしちゃったの。えらく優等生な答えじゃない」ホールから国見が言った。姿が見えないのは、カウンター席に座っているためだ。
「馬鹿にしてもらっちゃあ、こまりますんで。私は実はこう見えて、スマートに物事を考えられる才能に溢れているわけなのです、はい」
「溢れすぎて、こぼれちゃうから、普段のあなたは抜けているのね」国見が的確に矛盾点を強打する。
「騙されましたね。それは相手に油断させるためですよ。ようしようし、蘭さんもひっかかりましたね、くふふふふ」
「今日は何曜日?」国見が訊く。
「火曜日ですよ」
そがれた勢い、流れに水を差された小川は、会話の内容をすっかり脇に置き去る。
「あれれ、何の話を店長はしていたんでしたっけ」体を残して小川が首をねじった。
「明日のランチの話」
「裁判がどうのこうのって、いってませんでしたかね、リルカさん?おーい、先輩?」館山は油を掬っては無言でその作業を繰り返す。「無視か、うーんかなり集中してますね。怒られそうだから、店長に訊きますよ」
「言わないよ」
「ええっつ、結構白熱した言い争いの発端を聞きたいです」
「別に争ってないよ、移転の話さ」
「ああ、そうですか」彼女は泡と汚れを水で流す。吸い込まれる大量の水、配水管は息をついたよう音声を発した。「けれど、移転はほぼ決まったもう同然に思いましたけれど、違うんですか?」
「正式な回答は週末に伝える」
「いいんですか、ビルの工事が進んでるみたいでしたよ、今朝遠回りして地下通路の見慣れない出口を通って、敵地を偵察してきたのに」
「そう」
「店長」
「はい」
「新しい店に移った場合ですよ、もしです、仮にですよ、その私がランチのメニューを担当することもありうるんでしょうか?」布巾で水分をぬぐう。黄土色の蒸し器を吊戸棚にしまう背中で彼女は尋ねた。