コンテナガレージ

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不躾だった私を、どうか許してくださいませ4-2

「ああん、もう、悪かった」頭を掻いて鈴木が言う。「種田、非常時にいちいち突っかかってくるなよ。何で、追跡を止める。大げさに警察だって、職質をかけるような奴に僕が見えると思うのか?」

「見えます」

「ああ、行っちゃった」鈴木は背もたれに体重を預けた。走ればまだ間に合う。彼は無意識に煙草を手に取った。悪びれる様子はない、それどころかこちらを一瞥、ふてぶてしく火をつけた。店はこのご時世では珍しいことに全面が喫煙席である。かつてのお客を取り逃がさない工夫、と種田は周囲、天井を何気なく見渡す。それにしても、煙はどこから排出されるのだろうか。宙空に漂う水煙のような帯は見当たらない。対照的に晴れ晴れ、シャンデリアの鈍い金色のきらめきがくっきりと視界を捉える。誰も見ていない、それが雰囲気ということだ。種田は感慨に耽る気分をトレースした。贅沢という意味にも近い。高級車を一般道で乗り回す感覚に近いだろうか、はたまた椅子を引いて席に着くレストランの調度品や飾り花、料理をのせる皿や家具、あるいは室内空間そのものに、入出直後の違和感を当たり前の雰囲気に見間違え、取り違え、読み違えるのも、同類の錯覚だ。

 対面の昇り立つ煙だって、舞台を整える格好の材料。ただし、お客たちは取り込まれ、新規に入店するお客たちの呼び込みに利用されているとはつゆ知らず。

 耳を済ませる。煙草を許可したのだ、彼はしばらく腰を据える。私は立ち上がらない。よって、会話に興じるまたは、別れ話を深刻な面持ちで言葉と互いの関係性に詰まる男女を演じてみせる。容易いことだ、人の印象などは、見せられたものを受け止めているのがほとんど、自ら考えに立脚し、立場を捨て去る稀有な性質の持ち主が通りかかり私たちを一瞥したとしても、刑事の張り込みという印象を抱くはずもない。

 冷めたコーヒーを傾ける。煮詰まったときとはまた趣の異なる味。熱いうちに飲み干す専用の味、現在は見るも無残な酸味の塊。それでも付き合う、いつも入れないミルクをポットから注ぐ、トレーともに運ばれたミルクをかき混ぜる、渦。鈴木と視線を交錯、引き下がったのは鈴木だ。先輩であろうと、視線の交錯にまで年齢やキャリアは侵食しない、私の感覚ではそのように受け止める。

 煙草を吸った引け目を鈴木は態度に表す、視線は早急に移動を開始して、もうこちらとは瞬間しか合わせないでいる。 

 背後のお客が立ち上がって二階の入り口、通過が義務付けられる階段を目指した。浮かぶような足取り、どこかで見た横顔と服装だった。記憶を辿る画像に、「ブルー・ウィステリア」という単語が耳を大きく広げる。

 対面の鈴木が頷く、二人は残りのコーヒーを大切に一口の量を最小限にとどめる手法を取り、何とか一杯の滞在費で収めようと画策した。