コンテナガレージ

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不躾だった私を、どうか許してくださいませ5-5

 信号を渡り、見通しが利く縦の通りで再び順番を待つ。すると突然、列を通り過ぎる通行人の一人が声を掛けたのだった。その人物は男で名刺をいそいそと、恭しく取り出し、商業ビルの新規出店に僕を誘った。

 彼女の掌が返されたので、僕は出来事の続きを話した。

 怪しい男、というのが初見の印象である。人当たりはよさそうであるとも思った。列に男は並び、後ろの若者には「商品を買うつもりもない、配布される整理券も受け取らないつもりだ、もし言動と異なる行動をとった場合は速やかに、整理券を店員に手渡すときにでも指摘するといい」、と僕の隣並ぶ。更に、用意に事欠かないのはやり手の証拠、茶色の紙袋から発泡スチロールのコーヒー容器を取り出して、前後のお客に配った。迷惑を掛ける、その代償に、ということらしい。本来の歯ではないにしろ整った前歯が印象深い、治療済み、研磨と薬剤が効果を発揮する異質な白さではなかったのが、かろうじて話を聞く姿勢を保てただろう。

 男は宇木林と名乗った。ダンディという言葉が現在でも通用するなら、彼に最適だろうか、背は高く、髪はグレーで毛量は豊か、ネクタイを締めないのが最近の流行らしい、サマースーツからしっとり落ち着いた雰囲気のネイビーのジャケットに胸元には光沢のある淡いピンクのチーフ、しかしいやらしさは最小限に抑えている。紙袋のほかに手荷物は見当たらない、ということはこの近辺に車なり、荷物を置く場所があるのだろう。だけど、不可解な点が浮上してきたぞ。話に上がったビルは僕の後方だ、彼が歩いていた方角とは反対。やはり、近くの駐車場に車を止めた、それかもしくはだ、電車に乗ってきた可能性もなくはない。いや、男は通り過ぎて声を掛けたのだった……、しかし僕は車道を眺めていた、男はもしかすると真向かいを歩いてきたことも可能性としては高いか。ああ、そうそう、忘れていた、タクシーが最も妥当な線ではないか、僕は男がコーヒーのカップを傾ける間に、あれこれ考えを巡らせた。