コンテナガレージ

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不躾だった私を、どうか許してくださいませ5-4

 彼は端末を耳にあてがう、対面の彼女は多少傾けた顔にそっと寄り添う右手。まるでドレスに合わせるバングルのように、細い手首からわずかに下降した。カラリ、僕には聞こえた。

「どうだろう、感度は良好?」

「声が大きい、もう少し小さく。あなたの声が直接届く」

「悪い」金光は従順に行動に移した。「これでどう?聞こえる?生ぎゅみ生ぎゅめ生卵」

「聞き取りやすさを狙ったつもりだけど、そもそも言えてない」

「通話は良好っと。受け取らないのはなしだよ、箱を開けたんだ、返品は受け付けません」端末をしまう。おどけて、彼は罰印を作った。

 彼女は鼻で笑う。視線の位置は僕と直交。

 本当に見えていないんだろうか、疑う、十分に、けれど聞けやしない。こっちは関係の修復でやっと横並びに立てたんだ。彼女がペースを落としたおかげで。

 それからしばらく、一方的に僕が話を進めた。彼女は頷くか、コーヒーに手をつけるか、首をかしげるかを織り交ぜた対応だった。一時間ほどだろうか、端末の使用法のレクチャーに話題が移りそうになると、彼女は決まって、「あなたから掛かる場合と緊急時の救助以外は連絡の使用を私が求めると思っているの?」、と言われてしまったのだから、話はこれを買いに行った昨日の経緯が内容の七割を占め、三割が料理、つまり僕の仕事関連のことだが、こっちも地雷原を避けた踏み込みを入念に確かめて、安全な領域のみを選び、近況を報告した。

 金光は、話を昨日に引き戻す。

 新商品の列に並んだとき、そこから二ブロックほど南に新しく商業ビルが建つことは噂で聞いていたのだが、それなりに料理講師の仕事に追われてもいた生活では直接目にする機会はこれまでなかった。ビルは交差点を渡る時にだけ振り返って視界に入れた、どういった理由だか、行列はビルに面した通りを南下せずに、ブロックの交差点でグ一途東に折れたのだった。