「わかりました」店主は決めた。可能性の高さが六割を超えたのである。鈴木の案は検討の材料、警察の助力あるいは逼迫した求めに感化されたのでは、まったくない。「ただし、条件を二つ、つけさせてもらいます」
「はい、協力してくださるのであれば、それはなんなりと」
「三十分の時間制限です。事件現場、プルー・ウィステリアに入り、出るまでをカウントします。一切の例外は受付けないと思ってください。そしてもう一つは、料理の提供に支障が生じるとの連絡が入った場合です。何があろうとも、引き止められようとも、事件が解決の兆しをみせようとも早急にここへ戻ります。よろしいですか?」
「それはもう、どうにでも、同行していただくだけ、はい、光栄であります」
小川は半身になってこちらを注視していた。
「館山さんと国見さんに事情を説明しておいて、忙しさを感じ始めてからでは遅いから、そうだな、カウンター席は半分、ホール席が三分の一埋まったら端末に連絡を」不安げな表情を小川浮かべる。料理の提供の自信がないのだろうか。
「……これはかなりまずいですよ」
「問題でもある?」気にしている様子だ。
「だって、明日のランチの仕込みって手付かずですよぅ。店長がいつも必ずメニューを思いつくのは、そりゃあ信じますけど、うーん、間に合いますかね?」
「間に合わせるよ、営業時間後に店に残るさ」
「一人で?」上目遣いで彼女は問いかける。なるほど、安佐は店に残りたいらしい。その口実が欲しくて、了承を引き伸ばしているのだ。明日はまだ平日の真っ只中。疲労は木曜、金曜がピーク。まだ余力はあるのか。
「君の考えは候補に上げておく」ホールの時計で時間を確かめた。「外出時にメニューが思いついたときは、二人に作業を頼むかもしれない。それでも間に合わないとなれば、残業も視野に入れるよ」
「よっつしゃあ!」粉が舞う、そして足踏み、ガッツポーズ、はしゃぐ小川の周囲が白い粉で満たされた。
「よろしいですか?」鈴木が先を促す。
「あなたの時計で時間を計ってください。私のよりも正確そうですから」鈴木の左腕に填まる無骨なスポーツウォッチに向けて店主は言う。
「たいした物じゃないんです、一念発起、意を決した飛び込みで、清水の舞台から飛び降りる思いで買ったので……」彼の説明を聞きつつ厨房を出る、通路の降りた店主の通り道があいた、レジの下に押し込んだ上着を取り出して、向き合う。
「いきましょうか」ドアを開けて、退出を譲った。