人を椅子ごと持ち上げた、煙の影響が少ない場所まで種田は引き戻る。パイプ椅子と椅子に座る人物が華奢な女性であった。これはのちに気がついたことである。この時点ではまったく意識に上げていない項目。
「大丈夫ですか!もしもし、聞こえますか!」顔に被された頭巾を取る。視界がかすむほどの煙幕に数分はいたのだ、多少の煙は吸い込んでいる。後ろに縛られた紐も解く、両足も足首で縛られていた。結び目は簡単に解けた。
女性の体を地面に寝かせる、肩を揺すって、叩く。呼びかけに応じない。くそっ。
この人物は北海道飛行船協会の事務員で舞先と名乗った女性だ。しかし、誰が煙を焚いて殺害を企てたのか、種田は端末を取り出す。救急車の要請を再度要求した。
だが、既に対処に当っている、との回答で、大よその到着時刻さえあいまいに濁された。おそらくは、中心街の交通渋滞に出動が偏ったのだろう。
「あっ、うっ。あほっ、おほっ」舞先の胸がそのとき波打った。すすけた頬に顔を近づける、意識を確かめた。
「おい、大丈夫か、おいっ」
「……あはっ、うふ。あれ、あなたは、……刑事さん、」うつろな瞳で舞先の目が数ミリ開く。「どうして、あ、の、あれれ、私って、何で寝転んでいるだ、おかしいな、あははは」意識が朦朧としてる、しかし一酸化炭素の中毒症状は見られない。幾分青ざめた表情であるものの、問いかけには応えられるようだ。
「何があった?」
「……警察の人が来て……、飛行船、の記録、飛行の記録を確かめ、たいからって、それで、そしたら……、お茶を飲みました、渡されました、飲んだら、眠くなって……」
「事務所の鍵はありますか?」
「……うんと、ポケットに」
種田は、そっと頭を地面に下ろす。声を張った。
「おーい。そこの運転手っ!」この際、敬語は無視だ。「まだ、いるのかぁー?」
返事を待つ。
「なーんでえーすうー?」間延びした声。