「うん、地上にいた人物ならね」
「ああ」館山が大きく頷いた。
「先輩、驚かせないでください」
「だってほら、上空に飛行船が飛んでたって……」
「飛行船は飛ばさなかった、飛行船の会社は否定してました」国見が自信を持って意見を保管する。
「お疲れ様です」隣の樽前が、顔を出した。かなり疲れた様子だ、その証拠にぐるぐると肩をまわしていた。「まだ残ってますか?」
「はい。どうぞ、警備にはこちらが応対しますので」閉店後、店の従業員は巡回警備員のチェックに立ち会わなくてはならない決まりだった。
「ええ、どうぞ、たぶん元栓のチェックだけでしょうから」
「お手数かけます」
「はい」
「樽前さん、一人で店を回してましたよ。なぞが多いですよ、私樽前さんがトイレに行ったところみてませんもん」小川は樽前を見送って呟いた。
「飛行船は結局飛ばしたのか、それともまったく別の場所でその聞き込みの対象者とは無関係な人物が飛ばしたのか、どちらでしょうか、店長?」館山が訊く。彼女らしからぬ、料理以外への興味。店主はパン屋を気にかける、まだ仕事は続くと見える。
「飛行船は飛んだ。そして、彼は上空の運転席から自らを犯人だと、認めたんだ」
「飛行船の船長の証言って、刑事さんたち話してましたっけ?」小川がいう。
「いいや、自宅に届けた郵便で僕に知らせたんだよ、僕は住所を調べた方法を知りたいね」
「アンフェアですよ、店長。私たちが受け取る情報量が少なかったら、そりゃあねえ、誰だって事件の真相に行き着きません」
「平等に情報が配布された試しは、人類の歴史を振りかえって、もしも見当たったら現在は存在してないよ。それぐらい世界は平等性を欠き続けてる」
「急に哲学な固さに変貌しましたね」
「お言葉ですが」館山が肩の辺りに手を上げた。仏像を思わせる体勢である。「店長は、警察の訪問に事件の真実を知りえているニュアンスの回答をされていたように思いますが、あの二人の刑事には嘘をついていた、ということですか。店長にしては、対応が雑に思えます」雑という箇所で幾分声が詰まった。躓いたとでも言おうか。
「正確な描写を言うならば、はじめに見解を求めらときは、おぼろげな犯人像は浮かんでいたよ」
「おぼろげを具体的に」館山が続ける。今日は妙にハイなテンションだ。テンションとは気分を指す、張力ことではない。かく言う僕の思考も跳ね回る。
「真実が隠された前提で、まずは事件を捉えた。レシピに準じる、プロセスを僕は取ったのさ」