「一定時間のPC操作が行われない場合。または、生体機能を探知するセンサーが社長室内に搭載されていて、メールが送られた」
「社長のPCから送られたと?」
「それは判別できません。もし犯人が送ったとしても不思議ではありません。現場に滞在していた、PCは電源が切られていたようですし、それにオンになっていたのを犯人がメールを送った後にシャットダウンしたのかもしれません。だとすれば、あらためてPCを立ち上げる必要性も回避されています。ただし、少なくともそれらは私に社長の死が伝わった理由とは異なりますよ。取締役が得た情報が送られた、と私は解釈します。その人たちが生前の社長の指示に従って私の元にメールを届けた、そのようにも捉えられます」
「届けた人物と届け元が不明か」刑事は眉間にしわを寄せた厳しい表情を作る。「玉井さんは、社長代理を断る権利も持っていたはずです。受け入れたのですか?」
「臨時、という事ですから。限定的にです。職を引き継ぐつもりは毛頭ありません。役不足です」
「しかし、取締役の方々へも社長のPCからあなたの社長代理に関するメールが送られ、不可抗力としても決断に踏み切ったわけです。ある程度の信頼を寄せているのでしょう」
「とりあえず今日の仕事は大方めどがつきました。明日の仕事は予測ですが、キャンセルしてくれると信じてます」玉井は取引先の関係性は黙っていた。刑事に追及を受けた場合にのみ、打ち明けると決意を固める。
「実質的な権力をあなたは振るえる、使わないのはもったいない」
「臨時ですから」
「権限は譲渡された、副大統領も大統領に成り代われる」
「映画の見すぎ。事実に即しても映像がいくら綺麗になっても、作り物であると先に言ってくれたほうが感情移入は容易い。ああいった映画は、登場人物がこれまでの経緯を早口で伝える、視聴者は爆発と生存と生還、ロマンスと子どもが登場すれば、食いつくと思ってるのだから」
「かなり批判的な意見ですね。……私は賛成しますよ」刑事はジェントルな声で同意した。
「外が暗くなってきましたね。あなたは本当に刑事でしょうか?」玉井は窓を眺めてそっと尋ねた。室内の明かりが調節されたようだ、食堂のどのぐらいの人が明るさが増したことに察知したのか。
「突然どうしました、警察手帳を見せましょうか」刑事は不動の構え、鉄壁。用意は周到。
「いいえ。冗談です。ただ、信じられるのは一人よりも大勢なのだと知れたのです。大多数が見ている景色が正と捉えられる。あなたよりも五十人の制服警官の方がより警察に思えます」
玉井は箸を窓ガラスに向けた。赤い回転灯がタイミングよく切られた。紺色のバンが一台、近づいてくる。
「やっときたか」刑事は席を立つ。「表に車を止める場所はありましたか?」
「たぶん車両はすべて地下に。ああ、そうかセキュリティでしたね。わかりました、私が連絡を」玉井は端末で警備に連絡を取る。IDを口頭で伝え、社長の臨時権限も付け加える。電話口の相手は、戸惑いながらも不測の事態に同意、そして玉井は担当者に念を押す。「車両はあくまでも秘密裏に。情報を漏らさないように、そうですね、建物のメンテナンス業者と入力してください。車両ナンバーは後で抹消、後日の本来の業者が来ます、その時に照合されないように」
玉井は端末を切って言う。「車両は地下に通れます」
「お手数をかけます」
「まだ、何か?」刑事が立ち去らないので、私は尋ねた。
「社長とは簡単になれるものですね。あなたが望むと望まないと」そういって刑事が去っていく。
発言の真意がわかりかねたが、私が咄嗟に取った行動を言っているのだろう。自然だったのか、まあいい。玉井は背中のこわばりをとって、主に見捨てられたコーヒーカップに同情を寄せた。