コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

鹿追う者は珈琲を見ず 3

「一年間マスコミへの公表を警察はですよ、避けた。考えられるのは権力を握る警察権力のトップに居座るお偉方の家族、親類が発覚を恐れて手を回し隠蔽を図った。冷却期間に一年も口止めをさせる、かなり上の人間です」鈴木は取り出した警察手帳をカウンターの天板に置く、彼女の意見に耳を傾ける体勢を整える。いつなんどきであろうと、日井田美弥都という人間は頭を働かせられる人物である。褐色の板を日井田美弥都は焦点をずらし見つめているのは、もう一段階深い考察や考えうる可能性の羅列を探って動きの停止を余儀なくされるため。そう、僕らが意図も容易く感心する回答は常時質問を浴びせかけるずっと以前から複数持ち合わせてるのさ、鈴木はやや首を前にカウンター内に戻った彼女を見つめた。
「……警察の末端、しかも影響力の及ばない部署に白羽の矢が立ち、二年前の事件の再捜査にあなたは送り出された。警察機構でまかないきれない事態をはらむ発覚を見越した先々の余波に手を打ったか、いずれ発覚する情報をつかみ自らが鈴木さんの出動を命じた証拠を急ぎ構築することで関与、加担の疑いを逃れたいのか、いずれにせよ二年前の発見は、事故や怪奇現象の類とは分類を異にする、いわゆる人為的な〝事件〟に括られる。総じて私とあなたは何者かが送り込んだ回答者、つまり固結びの紐を解く役割を強制的に手を回されて対処に当たるようしくまれた」
 半開き、鈴木はよだれが落ちそうになり、掬うよう口をしまった。「……いやあ、いつもながら切れてますね」
「主語がありませんので応えは控えます」美弥都は表情ひとつ変えず、紙袋と鞄とその上のサンドイッチをつかむ。彼女の勤め先はカウンター席と中のキッチンに垂直の仕切り板が遮る、ここはフラットに彼女の手元がよく見える。シンクは深い、蛇口も変った形状の水平からやや角度をつけて伸びる。格式高い名の知れたリゾートホテルの喫茶店、グラスの数は豊富に取り揃うはずだろうし、そもそも一度に大量のグラスや食器を洗うほどお客は泊まれないのだった、そうかそうか、シンクの大きさも真四角にこだわる必要がないんだ……。無言でサンドイッチをかじる美弥都がじっと用件を求める目つきでゆらり憮然と立っていた。