コンテナガレージ

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仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

鹿追う者は珈琲を見ず 10-1

「封筒は拝見していただけたのでしょうか?」鈴木はカウンター席に着くなり率直に尋ねた、職務を前面に押し出したつもりである。
 事情聴取はホテル内の宿泊者を含む全員をその対象に敢行された。天窓が逃走経路に使われたとする調査とその結果を踏まえた協議の末、鈴木たち警察は部屋に篭る宿泊者を訪ね回る。待機場所はこの喫茶店。地元警察は乗り気ではなかった、派遣された人員も鑑識と捜査員の合計四名、面倒ごとを嫌う自堕落なベテランと有り余る元気だけがとりえの若手のコンビが目ざとく捜査に見切りをつけ鈴木へ丸投げた。厄介ごとを押し付けるとはこのこと、彼らは一時間余り鈴木の指示をほかに縄張りを主張するどころか役割を与えなければこっそり帰ってしまう、ことあるごと鈴木に大よその現場を引き上げる時間を尋ねていた。これまで仕事に真摯に取り組んだ姿勢が微塵も感じられない。死体の引き上げに紛れて彼らは鈴木に権限を譲り渡した、彼ら上司の意向を帰り際に到着の挨拶に通常伝えるべきであるのに、中々巧みな仕事の放棄、しかし義務は果たしてる。責任をもしかするとあの二人特に年嵩の増した定年の迫るベテランは毛嫌いするのだろう。鈴木たちO署の人間が赴く現場はたいてい通常業務に携わる捜査員が煙たがるのだ、地元警察の反応も逸脱よりか通常に傾いた、と言える。彼らが出た約一時間後、が現在である。検死報告を携え鈴木の階段を下りる足取りは踏み外して転げ落ちる恐怖のようにみえてしまうおぼつかない、そろそろと、確かめる段差に筋肉を傷めたマラソンを走りきった翌日早朝を思わせる。
「封筒は拝見していただけたのでしょうか?」再送。美弥都は鈴木の忘れ物を確認してはいなかった。
 言われたので一応あけてはみる、事件が起こらなければ見なくても良かったかもしれない、同室で起きた事件の見当は大よそながらつけていた。ありえない、いや彼女はその意見に反論を主張するだろう、なぜかと言えば対象を探るのにものさしを持たずして把握ができようか。見当違い、的外れもいいところ、笑わせる、それぐらい想像つかないのかよ、いいえ、私ですら想像だにしない予測を超えはずれ縷言実に日々出会わされてる、大勢のお客のうちのたった一握りに面を食らう。彼女の端麗な容姿目当てにあれこれお客たちは勤務先、海岸沿いの石倉に出没、上着を忘れ、わざと最高額の紙幣で支払い落としかねない硬貨の重みを支える受け渡しの手との接触を狙い、泥酔して追い出され罵倒を望んだり、開店から閉店までカウンターに居座る破天荒な人間たちに飲み物を提供するのだ。そうして彼女は予測を立てる。確証が得られるそのときまでは、それらしい推測が確証に近づきつつある場合にも軽率な先走る判断も彼女は控える。しかもだ、美弥都はいつも骨格の理解は話を聞いた初期の段階に解答を導き出す、悩むのは周辺に漂う不確かで瑣末な個人的で到底彼女の私生活とは無縁のいわゆるこじれた情が絡み合う人間模様なのである。
 彼女はしかたなく封書を手に取った。
司法解剖の書類ですか?」死体検案書、と上部、見出しにある。