コンテナガレージ

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鹿追う者は珈琲を見ず 11-2

 水筒を安部から回収する美弥都がカウンターに流れるよう正面の立位置に収まった。湯気の立つ液体は薄茶色であった。
 僕が選ばれた、そう捉えていいんだろうか。実際、後輩の種田でも相田さんでも代役は務まったはずで僕なんかよりも種田なら日井田さんの助けを借りず、もしかすると死体の出現は未然に防げたかもしれない。本来来週の再開にむけた準備期間である、常連か否かは無関係。宿泊利用を種田ならまっさきに断りを命じただろう。鈴木はそこで重たい頭を両手から離す。そういえばホテルの利用停止は何が要因だったんだ……?僕が問い合わせた電話口では、ただ一般客の宿泊は控えた時期だ、とだけ聞いていた。
 彫刻。鈴木は斜め左後方をみやる。熊の像の修復に営業を止めたとでも?暴挙も暴挙、ハイシーズン真っ只中だぞ。宿泊者は回廊や『ひかりいろり』を楽しみに忍んでせっせと足を運ぶのだ、不完全な像一つが訪問の目的とは、こねくり回して穿ってみても、ふーん、考えにくい。
「刑事さん、お時間よろしいですか?」入り口へひょいひょい、支配人山城が手招きをした。事件は明るみになっている、安部も日井田美弥都もホテル内の人間には事態は知れ渡った、今更何を気兼ねすることがあるというのか。
「ここではいけませんか?」なんだか偉そうに聞こえた、口をついて後悔、先に立たずとはこのこと。「こちらの方なら大丈夫、信用できます」山城は盛り上がるほど額に皺を寄せた、床を跳ねる午前中の光が室内を白く取り囲む石を染めて眩しいぐらい。
 階段を思案の末下りてきた、山城は何か胸に抱える。呼ばれたときは左手が壁に隠れていた、彼は辞書ほどの厚みを片手で持っていたことになる。スマートな体型に見合わず日ごろ筋力トレーニングに汗を流すスポーツマンなのかも、鈴木は右隣を勧めた。左側はとっさの対処に遅れる、聞き手は右、左側に座られると天板のグラスなどに腕が引っかかりとっさの動作に遅れが生じる。山城が攻撃を加えた残忍な犯人とは言っていない、染み付いた対処が無意識に表出したのだ。漂わせる不穏な気配は意識が感じ取れているらしいな、階段をおりきって急に言動と行動が指令を無視してまで無意識に身を守った。気を引き締めないと、鈴木はにこやかな表情を作り、山城の話を窺った。コーヒーがちょうど運ばれる、美弥都と一度視線が交錯した。山城は水を一杯、お願いする。カフェインを摂取すると睡眠から遠のく、それに仕事中ですから、どこまでも職務に一心な態度の山城は、躊躇うこと三度目に漸く話を切り出した。