コンテナガレージ

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店長はアイス プロローグ1-2

 ベンチまでおよそ一メートルに差し掛かると、大島八郎の足が止まった。コロが際限なく吠える。彼の登場を待っていたかのように、女性が顔からアスファルトに崩れ落ちた。慌てて大嶋が駆け寄る。
「大丈夫ですか。もしもし?大丈夫ですか?」いくら呼んでも返答がない。はっと大島は冷静さを取り戻す、彼女の体が異様に冷たいのだ。咄嗟に彼の脳裏に一つの可能性がよぎる。まさかとは思う、一度は否定した。とにかく、女性を引き起こしてベンチに座らせる。コロが吠える。
「静かにしろっ!」コロは数回吠え、大島を見ないよう居辛そうに首を振って、地面に伏せた。
 彼は高鳴る鼓動を抑えつつ、女性の呼吸を確認した。口元に手を当てて息の有無をはかる、緊急時の対処法はたしかこんなふうだったと彼はおぼろげな記憶を思い出す。
 指先は海風しか触れない。だんだんと状況が飲み込めてきた。そうすると体に異変が生じる。カタカタと震え出し、歯もカチカチと上下の歯が合わさる。一大事だ。手探りでジャージのポケットを探る。しかし、彼は散歩に携帯を持ち歩かない。連絡機能が最大の機能なのにそれを持ち歩かないのは所有者の甘さ。必要な時はいつだって完璧に物事が運ばない、これが食品開発を長年経験した彼の持論である。それがまさに、いま仕事以外で思い知らされている。咄嗟に周囲を見渡す。クルーザーと桟橋に一人、人らしき影が見えた。コロのリードをベンチに括りつけて大嶋八郎は駆け出した。
「あの、すみ、すみませんっ!」クルーザーの間から姿を見せたのは焼けた浅黒い肌の男である。頭にはサングラス。
「なんですか?」訝しげに大嶋に振り返る男は、めんどくさそうに応えた。
「そ、そ、そこにひひとが、倒れて……」大嶋は男のポロシャツを掴む。
「ちょっと、なんなんですか、あなた、離れてくださいよ。気持悪い」
 引き剥がされた大嶋が言う。「人が死でる、はやく、け、警察に連絡をっ!」
「死んでる?まさか、こんな田舎町でありえませんよ」大嶋の言動に男はまったく取り合わない。それどころか、船に乗り込もうとしている。大嶋は男の肩を掴む。
「いいから、来て下さいいっ。見ていただければわかりますから」
「嫌ですよ、他人になんて興味ありません。二週間ぶりに取れた休日を邪魔しないでください」そういう男をよそに大嶋は口を真一文字に結び、男を引っ張り出した。腹を括ると他人への申し訳なさも飛び越えられるらしい。