コンテナガレージ

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摩擦係数と荷重8-4

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 ロビーに集められた行員たちが座ることのないお客が待つための背もたれのない弾力性の高い椅子に座り、座れないものは立っていた。
「すいません」相田は行員の一人に尋ねる。細身のスーツをきた男性。
「はい」声は多少高い。強盗と警察の出現の非日常で上擦ったのかもしれない。
「あの、どこかタバコを吸える場所はありませんか?」
「ああ、今ですね、ちょうど喫煙室を新しくするための工事中でまえにあった喫煙ブースが取り払われたばかりなので、銀行内では吸えないんです」胸ポケットから覗くタバコの箱。どうやら彼も喫煙者のようだ。
「そうですか、ありがとうございます」
「刑事さん?」立ち去ろうとする相田に声をかけ、黒縁のネガネを軽く触る。
「はい」
「まだ、終わりませんか?このあとお客さんの所に行かなければならないのですが?」
「それは、僕に聞かれても、ここの責任者ではないのでね。そうだ、あの人に聞いてください」相田は、質問には答えなかった。曖昧な答えを言っても相手はそれを望んでいないのだ。だったら、きっぱりと知らないと言えばいい。私が知っているかもしれないという期待は相手を待たせる。そこまで人の期待を背負うのは御免だ。指し示したのは相田たちに逃走者らしき車両の発見を伝えにきた、捜査員だった。
 相田は屋外に出る。黄色いテープに数台のカメラ、人だかり、向かいの建物から覗く人影。空の抜けるような青さ。日に日に増していく気温とたまにやってくる急激な気温低下。春先は、体調を崩しやすいというがそれは、夏を乗り切るための準備なのだ。
 銀行裏手の駐車場。
 相田はそこに止めた車に乗り込んでタバコに火をつけた。
 一息吸い、煙を吐く。
 風を引くのも鼻水が出るのも花粉症なのも、体内に貯めこまれた毒の排出。それを人は嫌だという。原因を探りもせずにその対処法だけをつぶさに観察しては毎年のように辛く激しい鼻詰まりと涙、高熱や節々の痛みを訴える。食事や体質、その他環境を変えようともしないのは取り除きたい原因を知ってはいても行動に移す労力を惜しんでいるからである。もしも、体が動かないくらいの痛みが伴うのなら早急に休日の予定を変更してでもその対処に励むだろう。相田は、ぼんやりとそのようなことを考えていた。刑事になってからは、基本朝食を取らない。昼食や夕食も決まった時間には事件が発生しない日以外はとったためしがないから自ずと食に対する認識やスタンスは変わらざるをえない。好き嫌いもなくなる。食べられればそれでいいとさえ思えるようになった。だからといって、好物はあって、特に天ぷらが好みだ。しかし、毎食のように天ぷらを食べたとは思わない。いつか食べられれば、もしくはふらりと入った店においてあれば満足なのだ。目的の食事を目指して店に向かおうとはしないのだ。
 そろそろお昼だ。昨晩からの勤務で疲労が蓄積。ここで、たらふく食事でもとったならば急激な眠気に襲われるだろうから、食事はなるべく少量を心がけて、最後の一服を惜しみ車から降りた。