「何だお前たちしかいないのか。熊田は?」喫煙室に鑑識の神が姿を見せた。自分から動いたことがない、という噂の人物が直にお出まし。
「耳がついていないのか?」相田と鈴木はぽかんとあっけにとられた顔で現れた登場人物をとらえる。
遅れて相田が我に返った。「例の被害者宅の捜索に行っています」
「そうか。なら、お前らからあいつに伝えてくれ。彼女は首を絞められた後も生きていた。かすかな意識の中で胸を刺された」
「胸の傷に生体反応はみられなかったんじゃ……」鈴木の指先から灰が落ちる。
「ごくわずかだが刺し傷の周囲に皮下出血をみとめた。絞殺が明らかに生体反応を示したため彼女は絞殺だと初見でとおした。しかし、死体を洗い刺創のあたりをよく観察すると血が固まっている部分があったのだよ」
「結局は何者かに殺害された、変わりはありません」人の感情が動くさまを楽しむ神の性格を知る相田は驚かない態度でそう答えた。
「大問題ですよ」相手の土俵に引き込まれる後輩が興奮した調子で張り切る。「だって、自殺じゃあなかったんです。手伝った誰かがやっぱりあの現場にはいたんです」神は鈴木の反応で気分が良さそうだ。
「お前たちには伝えたからな」去り際の横顔はニヤリと笑みを浮かべていた。
「おつかれさまです」鈴木がきっちり礼をする。その動作の機敏さに通りかかった女性署員が身を反らせ避けるよう足早に廊下の先に消えていった。
「待てよ」鈴木が忙しく思案のポーズで腕を組む。危なっかしく右手に挟んだ赤い火の玉が半径を広げて左右に円弧の一部を描く。
「お前、タバコをそんな持ち方で、コラ!動くなって」
「ああ、すみません」まだ長さの残るタバコを一口吸ってステンレスの細い隙間に投下した。「神さんって案外良い人なんですね。見方が変わりましたよ」
「驚きのあとは感心か」あの手の性格は絶対にしたたかで人前で本性を見せたりはしないのが、相田のこれまでの経験が主張している。本心を言っていない者は、顔が歪んでいる。選んでいるのは今のうち。そのうち影に取り込まれて口を封じられるさ。
「だから、自殺と他殺のコラボレーションですよ。殺されたのはやっぱり事実なんですって。いあや、これで事件の大半は明らかになったんじゃあないんですかね。あれ?あんまり食いついてないですねえ」相田の無表情に鈴木はきょとんと距離を置かれた気分を滲ませて先を急ぎすぎた現在地をきょろきょろたしかめる。
相田は鼻と口からもやもやと煙を吐いて半眼の両目で鈴木を捉える。ぶら下がった目の前の好物に疑いを覚えたのはいつからだろうか。
後輩は額面通りに他人の話を受け入れて近似の推理を展開した。
「あっそうか」鈴木が手を叩く。「相田さんが第一発見者ですもんね。はあ、一気に論理が破綻しました」次にうなだれる。
「忙しいやつだな。それよりも熊田さんに連絡」
「はぁい」