コンテナガレージ

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仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

飛ぶための羽と存在の掌握1-2

 熊田さん!」交渉の末にやっと勝ち取ったタバコを、噛み締めて味わう熊田に種田のキリリとした針のような声、熊田は空想から戻された。しかし、手に入れたタバコをそう簡単に失うわけもなく、口に加えていつでもハンドルを握れるよう、伸び始めた灰を落とした。

 先ほど、理知衣音が車に乗り込んだ場面が数分前に熊田たちによって捉えられて、その直後に熊田はタバコに火をつけたのだから、時間にして約二分といったところか。彼女が会社から出てきたのは、正午を回った直後であるのを考慮すると車内での昼食か、もしくは車で近場の飲食店に行くのか、という予測が二人の刑事には立てられた。

 彼女が狙われるとすれば、一人になる行き帰りと昼食時。行き帰りも現在の昼休憩も上層部が送り込んだ捜査員は彼女の傍を片時も離れずにいる。わかりやすく黒塗りのセダンで駐車場の隅から監視していたのだ。

 駐車場の広さは、一般的な一軒家が二つ分ほどの敷地で、車を等間隔で駐車すれば二十台以上が駐車可能な広さである。彼女の車は、出入り口に面した位置で、セダンはその車から奥に二列右へ三台目に留まっている車だ。熊田は、勾配のきいた地形から、つぶさに状況を把握できている。コンビニに向かって緩やかに道は傾斜している。

 男が一人彼女の車に接近、熊田が顔を上げたときはすでに運転席のドア横に立っていた。待機の捜査員は、音を立てずに車から降りて陰に隠れ徐々に距離を詰める。男の姿に見覚えがある、と熊田の直感が反応した。

「あの人たちの任せてしまってよろしいのですか?」種田は言葉と裏腹に悠長な言い方で訊いた。

「飛び出した信号無視でクラクションを鳴らされたら、相手が逃げる」

「私が気づいたときに出てゆけば、間に合いました」

「だったら、ここにいるのはなぜだ?」

「……二度も同じ手で犯行に及ぶのには、疑問を感じました。ありえないことはないですが、警戒もしているだろうし、昨日の今日ですから、それに見たところふらりと徒歩で現れました、車を近く止めているのかもしれませんが、視認はできません。捜査員もいることですし仮に同様の犯人だとしても私が出て行くべきではない、そう判断しました」冷静というか、状況を読みすぎて感情が破棄されたようだと、熊田は感心と同時に虚無を覚える。刑事になった証だろうか。うら若き女性がという心情も差別をはらんでいるため、この思考は除去した。若いというだけであり、性別が女性というだけの話だ。女性をマスコットとして扱う、風習を社会も考え直していい頃だ。熊田の部署で種田にお茶を入れさせないのは、そのような概念が働いているからと、分析。

 状況が移り変わる。

 男がトントントンと先人への礼儀で叩く、トイレのドアにように。安易に窓を開けはしない、昨日の今日なのだからもちろん彼女だって身にしみているはずだ。

 しかし、予想に反しでドアは簡単に開けられた。男は屈んでなにかをしゃべっている。捜査員が車一台分の距離まで間を詰める。二手にわかれ、サイドを回った前方と後方からの挟み撃ち。駐車場の外枠は積まれた雪で男の逃げ場はない。会話が続いている。長い、熊田は不審に思う。知り合いだろうか、いや、こんな場所でしかも声をかけるのか。

 男が左手をポケットに入れる、その手が引き出されると捜査員が飛びついた。熊田は窓から顔を出し、音を求める。

「大人しくろ!動くなっ」ざらついた怒号が空間を裂く。後方の捜査員の声で死角となった男に前方から回った捜査員が腰にタックルを掛けて押し倒し、その上に後方の捜査員が馬乗りになり手際よく腕をねじ上げた。車の隙間から男の顔が見えた。あの人はあんな所で何をしているんだろう、おかしさと呆れが交差して交互に表に出ようとして表情が定まらない熊田である。

 隣の種田は大きな目を丸くして言う。「見間違いでなければ、私が知る人物です」

「珍しく二人の意見が一致したな。部長だよ、どうみても。でも、あんな所で何をしてるんだか。まったく、あの人は予測できない」熊田はこの突然のアクシデントに乗じて新しいタバコに火をつけた。種田は状況に見とれて、指摘してこない。

 部長らしき人物は立たされても、しきりに無実を訴える様子もない、捕まった犯人のように諦めて指示に従うみたいだ。そうかと思うと、連行を拒んで意見を主張し始めるのである。理知衣音は無事だろうか。捜査員が運転席に顔を入れていた。ここからは車内の様子まで確認できない。男の手を後ろにそして男の上着を調べ始めた。男の口が広がったり、狭くなったり、音声は除雪車の走行で掻き消されていた。黄色のランプが十字路の西から明々と揺れる。

 熊田が視線を除雪車に移していた間に男が解放され、締めあげられた腕をぐるりんと可動範囲の調整。捜査員はこれでもかというぐらいにペコペコと頭を下げているのだ。

「どうしたんだ、あれ」熊田は本心から尋ねた。

「人違い、それも部長だと知ったのでしょう。警察手帳で態度が急変しました」

「なんであの人が彼女に近づいたんだ」独り言のつもりが、種田はそれに返答する。

「知り合いか、もしくは部長も事件を調べていた。あるいは、もっと密接な関係……」

「男女の関係か?」

「いえ、親戚です」その言い方も強勢を張った言動には見えないのが不思議だ。

「色がないな」

「すべてを男女の関係で捉えるほうがどうかしています。異性の友達はありえない、と言っているようなものです」一般的ではない、ただ一般も普遍的ではないのなら取り立てて採用する意味は無いだろう、と熊田も思う。

「好きか嫌いか、それだけの判断……」

「ええ。友人関係であって好きならば付き合い、嫌いなら離れる。異性としても好きなら付きあおうとする、嫌いなら別れる。どちらも好意に由来します」

「大本は一緒ってことか?」

「彼氏、彼女は好きでくくられます」

「ふーん」

「なんです?」

「いや、ただなんとも言えない感情だったから言ってみた」

「正直ですね。部長の連絡先ご存知ですか?」