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飛ぶための羽と存在の掌握2-2

 事件は七年前の三月に発生。理知衣音は通り魔殺人の被害者五名の内の一人で、事件の死亡者は三名、二名が腕や背中の切り傷を負い軽傷。理知衣音は一週間の隔離を兼ねた入院を経て通常の生活に復帰。しかし、彼女は事件から一ヶ月後に休職した。当時の社会の風潮として精神的な病は広く認知されておらず、休職の二ヶ月後に彼女は退職を届け出ていた。後の調べで、会社側が退職を促したことが明らかになった。また、彼女は退職後半年は精神ケアを専門とする個人の治療院に通院。それ以後の足取り、勤め先、その他彼女に関する情報は皆無である。

 

 報告書の内容は被害後の記録が多いと、鈴木は感じていた。もちろん、被害者の立場で彼らの共通項から犯人を特定する材料を探していたのだろうけど、退職や療養の部分は、逮捕後の出来事。何故、調べる必要性を感じたのか、鈴木には分かりかねた。

「誰ですかね、これを調べてたのは。事件の真相や犯人よりも事件後の状況がほとんどですよ」鈴木は頭のなかの文字を言葉に出す。

「無差別殺人だとは考えていなかったのだろう。ただの怨恨、そう思ったんだ」熊田が眉を上げてこたえた。

「やけに詳しいですね」

「俺も聞きこみで捜査をしていた」

「じゃあ、彼女のことも知っていたんですね」

「いいや、これを読むまでは忘れていた。被害者の、それも軽傷だった一人だ。事情を聞いたのは自分じゃあないからな。顔を見たのなんて現場ぐらいだろうしな」

「人に過去ありですね」悟ったように鈴木の首が小刻みに縦にふれられる。

「何故、彼女の過去を調べる必要があったんです?」相田が向かいのデスクから尋ねた。熊田は鈴木と相田には事の発端を話してはいなかった。

「実は……」熊田は、理知衣音に部長が接触し疑われ取り押さえられたこと、部長が自分たちの監視に感づき、電話口で彼女の過去を調べるように示唆したことを告げた。

「やっぱり部長も一枚噛んでいるのかあ。ここんところ僕達の前に現れるのは部長も情報が欲しいんですよ」

「たしかに、喫煙会うなんてなんて半年ぶりかなぁ」相田が思いを馳せて天井を見上げる。

「もう一度事件を整理しましょうか」鈴木は会議室からホワイトボートを運んできた。

「まず、事件はえっと最初はああそうか、不来回生のクレームから始まります。彼は車の不具合を訴えていました、過去に三度、ディーラーに修理を願い出ています。近似の不具合は他人の指摘によるものです」

「他人とはいったいどなたです?」種田がデスクの真向かいから尋ねた。

「ほら、海道沿いの喫茶店の日井田さんだよ」

「あの人が指摘したのか?」眉を上げた熊田がきく。

「なんでも、エンジン音を聞いて、店から出てきたらしいです。直した方が良いからって」熊田の関心を引いたために鈴木は得意げに答えた。

「それで素直に従ったのか?」

「だって、二度も修理に出していたんですからね、慎重になっていたんでしょう。不来さんはあまり、常識とは別の世界に生きているみたいでしたから」

「頭がおかしい一歩手前って感じか?」相田は不来の姿を想像しつつそれに実物に近づけるために言ったのだろう。