コンテナガレージ

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仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

飛ぶための羽と存在の掌握3-1

 空が地上の絶え間ない明かりを放って夜の感覚が薄れて見えた。昨夜の工事で店舗はほぼ完成の色を匂わせて、それでもまだお披露目には早く、細かな手直しを施すため入念に出来上がりの細部を書類と見比べて完了のチェックを入れていく。

 不来回生は今日も立体駐車場に車を止めて店舗を訪れていた。今日は電気工事の業者の出番であった。予定の時刻は既に五分を過ぎていた。期日に間に合えば文句は言わない、仕事に取り掛かる前から気を削いでは捗るものもはかどらない、不来はそうやって自分に言い聞かせた。

 そういえば、車の調子が今ひとつであった、と待つ間に考えた。不来の車は修理に出していて、ここまで乗ってきたのは代車である。もう数週間、今回のクライアントとの初回の打ち合わせから自分の車ではなかった。代車までに不備、不具合が生じるとしたらもうあの会社の車を買わないでおこう。とりたてて、車にこだわりはないんだ。凛とした冬の室内で体が震える。ペアガラスの窓でも寒さを完全には防げないか。ガラス屋と再度、検討する必要がありそうだと、不来は頭にそのことを記憶させた。便利なもので瞬時に忘れることなく取り出せる不来の頭の仕組みである。

 携帯が鳴動する。上着から微かに漏れる淡い光。「もしもし、ああ、おつかれさまです」

 通話相手は電気工事の業者であった。不手際、不測の事態、渋滞、ただのミス、その他もろもろ長期間に渡る仕事を請け負うと必ずどこかに歪が生まれ工期通りに進まなくなる事態に流れが持っていかれる時期がある。おそらく、今日がその日で、これはいつどこでだれにでも起こる現象で私に限った天災ではない。まずは、事態の修正が可能かを算出する。それで可能なら現在のペースで作業を続ける。しかし、現在のスピードでは工期に間に合わないと判断すれば、昼間でも作業が可能かを考慮に入れ、また同時に複数の業者を入れても狭い店舗内で作業ができるのかといった、代替案を提示し検討、予測そして実行に移す。この時、予備日は日数にカウントしない。予備はあくまでも最終の手段なのだ。携帯をそっとしまう。

 ドアを出て寒空の中、ライターで火をつけた。もう通行人もまばらだ。そろそろ地下鉄の最終が出る頃だろう。正確に時間を確かめたのではないから、おおよそである。

 不意に戻れもしない過去を思い返す日が最近増えたように思う。考えても意味がなく、戻れもしないのに自動的に沸き上がってくるのだ。明確な明日の感覚が掴めていないときに訪れる現象である。それも一過性だといつも答えを出してきた。選択肢を見誤ったつもりはない。人がそうやって人生を歩んでいても、私は接触を避けてきた。孤独とは思わない。そもそも人は一人であり、誰かと共になんて上っ面の塗装は真実ではないのだから、このままでいいのだと判断を下してきた。本心から望んだこと以外はある歳から排除してきた。踊らされてると感じたから。学問を修めて社会に出て、仕事をして家庭を作り家族に見守られて生涯を終える。果たしてこれが私が望む世界だろうかと疑問を持って生きた。幸か不幸か就職は大氷河期と命名された就職難の時期で私は職にあぶれた。そもそも、何を基準に人を選んでいるのかが不鮮明だと感じたからだ。たかが紙切れ一枚で、ことのすべてを見通してるようで肌に合わなかった。それが社会であり常識で誰しもが通ってきた道だと言われも正攻法がその1つだけとはどうしても思えない。どこか踊られれていて、背後で糸を操る者がみてえてしかたなかった。旅には出ていない。自分は既に見つかっていて、もちろんどこに行っても私はわたしである。それからの私は仕事をしなければというよりかは、どのようなことやモノあるいはサービスが人にとって有益であるかを考え、日々の生活費を稼ぐためにアルバイトをはじめた。労働はただの賃金の獲得だと思えば特に苦にはならかったが、働く人々はそこで恋愛や友人関係、またはステップアップのためと言った、必要以上を得ようとしていた。そのため機械のように働く私は、蔑まされた目と罵りをぶつけられたっけ。ただ、私にはまったく影響しない。強がりでもない。もちろん、それが日常で彼らのはけ口になれば店はすさみ自らの足をすくうことになって、人はどんどんと辞めていった。私は最後まで残り、目的の資金が貯まるまで在籍していた。いつやめるのかと、何度か直接、お願いのような形で言われたことも数回あったが、丁重に笑顔で断った時、あの人の顔と言ったらなかった。鳩が豆鉄砲を食ったようとはまさにこのことだと思ったものだ。