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夢が逃げた?夢から逃げた?1-3

「仰る通りです」

「密室ですか?」美弥都は無表情で尋ねる。

「はい」力なく、相手に次の言葉を吐き出させるように熊田は言う。

「近くに民家はありませんね。人通りも殆ど無いと思われますが、いかがでしょうか。警察はその点も調べているでしょう」

「一番近い隣家でも三百メートル先です」

「そうですか」美弥都は床のストーブの前でしゃがんだ。コートの雪は玄関で払われたのか、グリーンに映えた白は消えていた。「発見時にストーブは付いていましたか?」

「いえ、消えていました」

「それは付いていて消されたと受け取ってよろしいのかしら?」

「部屋は寒かったと聞いてます。死亡推定時刻の直後に消されたとしても発見までに室温は下がっていたと思われます」第一発見者の相田とそれに鈴木も言っていたが、この時期一時間も経てば小型のストーブの熱量ならば簡単に室温は外気温と遜色のない程度に低下する。

「昨年に残った灯油かしら?見たところ生活感はまるでないのに掃除は行き届いている、建物自体は古いけれど。どなたか出入りしていた人がいたのではないでしょうか?お調べになりました?」

「被害者に人付き合いはほとんどありません。近所の住人とも接点はないようです」

「ほとんど、とおしゃいましいたが、付き合いのあった人がいたのですね?」

「出版社の人間だけです。それでも直接彼女と対面したのも二、三度で、仕事はメールでやり取りしていたそうです」

「本当に彼女が生きていたのでしょうか?」屈伸をやめた美弥都が振り向いてほのかに首を傾げて言った。

「何者かが触井園京子になりすましていたと?」

ペンネームかもしれません」美弥都は腑に落ちない表情の熊田に続けて言う。「触井園京子はただの代名詞で、仕事は複数の人間が請け負っていた。分業制ですよ」

「しかし、彼女の両親も健在です、写真で本人確認も取りました」これは上層部が集めた資料から入手した情報であった。

「胸を刺された、首を絞められた。床にはおびただしい血と密室。注目すべき点、注目せざるをえない点が多いとは思いませんか。もし仮に、他殺だとして犯人が逃走を図ったのならば、本来の目的を隠したがるのではないでしょうか。もちろん、逃走には密室を完了させる必要があります」美弥都はここで言葉を切った。「犯人は第一発見者が訪問した時、まだ家の中に潜んでいたのではないでしょう」それならば逃走経路を確保せずに処理できるかもしれない。動揺した相田でも人の気配を逃すだろうかという疑問も出てくる。

「室内に人がいたことに気がつきませんか?」 

「気づく気づかないは本人の意識とは無関係だわ。訪問先を二階からあるいはトイレのドアを真っ先に開けたりはしない。二階やトイレに隠れていた人物が隙を見て屋外に出るのは容易いと思われます」トイレは玄関の左、その正面には階段がある。

「第一発見者は車に乗ってここまで来られたのでしょう。その車のトランクに潜り込めば、雪道に足跡も残りません」たしかに玄関と地上を結ぶ階段は降り積もった雪が固まり、足跡の在り処は見止められなかった。