コンテナガレージ

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巻き寿司の日3-5

 田所を観察していると、やはり既存の枠組みを信じきっている。染み付いている、しみこんでいるが、しかし、それ以上にそこへ至る過程もまた彼の中では曖昧な記憶を辿っているに過ぎない。吸収しているときは良かったのだ、新しいから変化を楽しめた。新鮮と同時にそこには過去を疑ったという事実があったから。見逃している。教えが正しかっただけではない、一緒にこれまでが破壊された快感が伴っていたのだ。

「わかりました、協会に所属しましょう」店長が口を開いた。じっと田所の真っ黒な両目を身に受けた発言である。店員の二人は驚きを隠せないだろう、店長は田所の表情が好意的な皺を刻む前に言葉を続けた。「しかし、フランス料理は一切作りません。所属はこちらの自由ですし、年会費の支払いも免除、会合は常に欠席。所属したからといって、フランス料理を必ず作れ、という規定はないはずです」

「なに言ってるのか、理解不能だ。いいですか、フランス料理の旗を店に掲げることがどれだけ店の価値を、集客を生み出せるとお思いですか、想像だにしない人の列が見込める。わかっていらっしゃらないようですね、我々の力を。自由な時間が得られる、料理にばかり費やす時間があなたのプライベートな時間を喪失してしまえる。ディナータイムだけで店の経営が成り立つ仕組みなのですよ」田所は意見を押し付ける。信じきっている、成功例を作り出した、あるいはこれまでの体験が彼をつくり上げてしまったのだろう。しかし、店長には響かない。どんどん離れていくばかり、彼はまだまた世間を操ろうと必死なようだ。

 うつむく田所。厨房と通路の間、キッチン台が途切れた場所。表の通り側、ピザ釜の横に小川、カウンター席の脇に国見が立つ。内ポケットに滑り込んだ田所の右手はスーツを飛び出したとき、黒く光る金属の塊、永続的と信じる人間を時間を断ち切る装置が握られていた。

 空間も息を呑んだ。集中できていない証拠、うっすらと流れていたBGMが耳に届いた。一定の音はいつの間にかベース音になり人は対話に聴覚を集中、特定の聞きたい声、音、人の声だけを聞き取る。

 会話が弾むための仕掛けだ。

 忘れていて改めて知れる、店長は向けられた銃口を見つめながら曖昧な認識を補正した。