コンテナガレージ

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エピローグ2-2

 山遂は本を抱えるように持って、昼間の喧騒のおかげで静けさを体感させる駅構内に急いだ。

 電光掲示板の文字は上り、下りともに最上部の欄だけが光っている。出発までの残り時間が一分、山遂は走る速度を落とした。肩にかけた鞄を軽く跳ねて首を体を左に傾け、ずり落ちないように深く、首筋の付近に寄せる。

 改札、窓口の職員が腕時計を指で叩く。急げ、という合図だ。私の脇をものすごい速度と硬質な接着音をたてる女性がアスリートさながらの機敏さで改札を通過、エスカレーターに消える。切れた息を整え、山遂はエスカレーターを歩くように降りた。

 エスカレーターで降りながら体をかがめて目的の人物、本の忘れ主を探すが、誰の姿も風雪から逃れる待機場所にはいなかった。

 近づく先頭車両の明かり、ホームにも先ほど通った女性と本を忘れたあの人がいない。

 山遂は笛の音の直前に車内に体を滑り込ませた。車内を見渡す。席は埋まり、デッキと壁の特等席はすでに人が立ち、ただ通常の混雑さとは比較にならないほどに車内は空いていた。年末の休暇がそろそろ始まっているのだろうか。数人の乗客と目が合う。彼女はいない。いつもは白っぽいコートを着ていたように思うが、山遂は吊り輪に掴まり、動き出した車両速度に慣れるまで両足に意識を通わせた。

 そして再考。今日の服装が思い出せない。彼女の乗車映像は残っていても、出力時は映像が混ざり、過去の記憶か今日のそれかの判別はつきにくい。白っぽいコートを見た記憶は確かだが、うん、やはり今日の服装は思い出せなかったと山遂は振り返る。

 結局、バスの運転手の懸念が現実に起きてしまった。山遂はあまり悲観的には捉えていない。むしろ、自分が本を所有していることは彼女の手元に確実に戻される、そういった不確かな思い込みの自信が思わせていたのだ。

 しかし、山遂の思惑に反し、理想は現実のものとはならず、本は彼女の元へは返らなかった。山遂は翌日、隣に座る乗客が広げた新聞で見覚えのある人物の死を知らされるのであった。