「ごもっともです」
「あんまり畏まらないで、べつに説教しているわけじゃないんだから」
「なんでしょうか、海外の方と聞いていましたので、緊張してしまって……」
「忘れ物をされたんですね?」
「は?ああ、ええ、いや、わたしではありません。バスに置き忘れた荷物を手渡そうと思ったら、相手が見つからなくて、僕が預かっていたんです。翌日届けるために忘れないよう書き込んだんです」
「お知り合いの方じゃないんだ。だってそれなら直接届けるものね。だけど、それなら、バスの中で何故あなたが忘れ物を手にできたの?」アイラが詳細を尋ねた。
「それは、そのう、お話しするようなことでもないと思います」
「話して」
「……ただバスに乗っていたのが、本を忘れた女性と私だけだったので、降りるときに座席に本が目に留まり、運転手に断って後を追いかけました」
「そうね、降りて間もないなら、渡せるわ」
「しかし、私は眠っていて運転手に起こされてから降車したために、女性の姿はすでにありませんでした」
「渡せるという根拠はどこにあったのかしら?」
「バスは終点の駅で止まっています。そこは鉄道の駅もあって、彼女はバスを降りて駅のホームでもたびたび見かけていた。なので、電車に間に合えば、車内で彼女に忘れ物を手渡せると思ったのです」
「赤いラインが引かれていませんね。完了のサインがないわ」山遂が手帳に書く予定は完遂、終了すると赤い字でチェックを入れる。アイラの観察眼に山遂は多少、胆の冷える思いがした。
「事実かどうかはまだはっきりしませんけど、……彼女亡くなったようです」
湯飲みを傾けて口を隠したアイラの顔が停止した。「本は渡せずじまいなんだ、残念ですね」
「……これは言っていいかどうか、判断に困ります。いいのかなぁ?」アイラに事件の概要を話すにつれて、蘇る事件の核心部を突いた事項が思い出された。
「何か?」
「本が変なんです。一見ガイドブックの外装に見えるのに、中身は一部しか印刷されていなくて、それもI市の地域だけが克明に描かれている。さらに、おかしなことに存在しない街が掲載されているんです」
「へえ、おもしろそう」
山遂はゴクリと唾を飲んだ。彼は軽く息を整えて、選んだ言葉を放つ。「構想やアイディアを、その、他人に話したりしますか?これまでの傾向として」
「いいえ」
「……ガイドブックの記事にアイラさんの構想と酷似した内容が書かれていたように思うんです」
アイラは瞬き。「よし。私と付き合ってください」
「は?何ですいきなり、そんなこといわれましても、困りますよ、突然何を言うんですか!?」
「車で来たんじゃないの?」
「ああ、そういうことですか。僕はてっきり……。車でどちらへ?」
「忘れ物女が眠る場所」