「遺体の鑑定結果は上に流した。判断を仰ぐ熊田たちの身になれば、お偉いさんの方の会議は時間の浪費だ。しかし、そういった慣例もまた警察の流れを円滑に進めるためには必要な経路でもある」
「通常の場合でしょう?」
「求められた方角しか目指せない奴にはもってこいの指標だろう。誰も何も考えていない。頭が悪くなった、ゆとりや家庭教育、低迷する景気に原因を求めるが、手ぶらでも思考は自由だ。それに考えている奴は、試そうとする。間違いを間違いとは思わないな。正確には間違いではなく、修正なんだがな。どの面を下げて、誰の目線で、どの位置から、物事を言っているのか、声高に話している人物の多くは、言葉に責任を持てていない」
「いつもこんな説教じみた論理を展開するんですか。部下はたまんないな」
「同じ話は二度としない」
「覚えているのは聞いている側です」
「……リスクを背負って署内にもぐりこんだ理由はなんだろうかね」神は盛大に煙を放った。
「ガイドブックを見せていただけませんか?」
「だれに?」
「私に」
「どうして?」
「必要だから」部長は立ち上がって腕を伸ばし、中央のテーブルに移された神の灰皿でタバコを叩いた。「見返りが必要ですか?」
「売り上げを伸ばすPV付きの初回限定版か楽曲のみの通常版か、購買層を刺激するのは前者であっても、付加価値を捨てて楽曲のみで勝負をかけるなら後者、お前はどちらを選ぶ?」
「私は歌い手ではありませんよ」
「一方は利益の共有を図れるが一生の付き合いとまでは到達しない。もう一方は認められず、日の目を見ないかもしれない、しかし見出され一旦広まりをみせたなら後世に残るまでの活躍を約束される」
「警察で一生暮らすつもりなんですね、神さんは」
「いまさら寝床を変えたところで、変化による期待は予測される範囲に留まる」
「それはこれまでの見方で見ているからですよ」
「いいや、すべて見えている。見え方の違いという錯覚は、対象の枠決めが行う。見ているものがすべて同じならば、人によって見え方が異なる矛盾が生じる。だから、見えている同じものの捉え方による差異が世界そのもの」