外から入った人間の痕跡、融けた雪が水に性質を変えて滑りやすい環境。足元を取られないよう、踊り場で足元注意の張り紙を目に留めて、地下一階へ降り立った。
天井が低い。かなりの圧迫感が伝わる、閉所恐怖症の人間は一分とは持たない空間だろうか。床は厚みのある茶色の絨毯で覆われて、転倒の心配は解消されたが、防音効果のために足音が消されて靴を履いているのに裸足で室内を歩き回るような体験を連想させる。
ちょうど玄関ホールの真下。質素な乏しい光量、六つの角ばったシェードが光を全方位に届けていた。ホールをぐるり、見渡してから右に進路をとる。淡い色の照明はそういった演出とも思えきたが、単純に明るさを必要としない空間への電力供給に見合った明かりを配している、彼は思う。
手前から数えて三つ目の右扉が目的の保管室。壁にカードキーをかざす。開錠。カードキーの使用者と監視カメラに映る人物の相違を検地する機能はついているとは思えない、部長はそれでも長居には否定的にであった。呼吸が自然と意識される。
室内は廊下と打って変わって、明るすぎるぐらいまぶしい。整然と左右に棚の側面が出迎えた。見渡す限りである。また、縦にも並ぶ、二つや三つではない。一階の空間を思い浮かべると地下は大幅に広く作られている。構造的な問題はクリアしているのか、という不安が頭をかすめた。だが、まずやるべきことをと、ガイドブックを探す。
鑑識の部屋を出る前に神が大まかな遺留品の保管場所の番号を言っていたのを思い出す。ダブルAの若い数字だったように記憶する、一から始まる番号……。
室内を進む。棚を一列を奥へ、ABの頭文字を棚の側面に確認する。もっと左に進路を変更、ずんずん歩く。見つけた。AAの棚。棚に取り付けられたハンドルを回し、通路を出現させた。見た目はダンボールの形状であるが、触ると厚みと重さが比較にならないほど。箱に張られた日付は事件の発生順、つまり捜査の開始、事件として認識した日に並べているようだ。十二月の文字を追って、ちょうどその棚の一番奥、下の段に目的の日付を探し当てた。
部長はしゃがみこみ、箱を開けた。一応、手袋を取り出してはめる。
真新しいガイドブックは、表紙の折れもない。中身を確認する。話の通り、中央部分のページにI市の紹介が書かれているだけだ。十一月の月を中段に発見、もう一冊、神が話した関連性が疑われるガイドブックを入手した。
部長はカメラの位置を確認していた。棚の内側、最上部の棚の内側に仕切り幅を変えるため設けられた底板の支え、突起を差し込む穴に紛れてカメラレンズが光っている。
右上から覗かれた状態だから、死角は左下か。
部長は右の立膝を左に変えようとして、前のめりに頭ごと最下部の棚になだれ込んだ。
「足がしびれた」独り言をつぶやく。
部長は何事もなかったように、保管庫を後にした。身内の件を神は把握していたに違いない、だから鍵を貸し、入出を許した、と部長は振り返る。
一階の喫煙ブースに神を見つけ、自分は吸わずにカードキーをお礼を添えて返し、駐車場で車に乗り込んだ。
背中の厚みを我慢、警戒を緩めずに部長はライトの助けを借りて車を動かした。