コンテナガレージ

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回帰性3-2

「あなたを私たちの側に引き抜く話が一部の組織から持ち上がっているけれど、あなた、オファーがあれば承諾するかしら?」

「時と場合によりますね」部長は聞き耳を立てる斜め前の乗客を把握。わずかに横を向いた目線をじっと見つめ、こちらの意識を与えてから続けた。「ただし、自由が確約されない居場所だったら、賛同はしません」

「首がかかっても?」

「私のような人間が他にいるでしょうか?そう、聞き返します」部長は肩をすくめた。彼はまだ隣の人物とは顔をあわせていない。

「人恋しく感じたことってある?」

「話を聞いてもらいたいというのは、自分を優先させる、そのために知り合いや友人に連絡を取り、よびつけ、または待ち合わせて、食事や時間を共有すると同時に思いを打ち明けること。もしそれを愛情やら友情やらと解釈して本心を見せてくれたなどというのであれば、私は人恋しく思ったことはありません」

「恋人は?」

「同じでは。恋人は足りないものを補い合う関係性、託して託される。友人のそれよりも結合は固くそして意思疎通も一方的な側面に見返りが期待できる、その程度のことですから、何らかの形で満たされたら不必要。いずれ、そういった方向へ人は進んでいきます」

「循環を嫌うのね」

「どこかで挨拶を当然に思う。生活を共にするパートナーが朝起きてくるのも、本来なら驚くべき現象です。昨日やおととい、さらに遡った自分の過去を基準に朝を再現、ずれが生じていないだけ。ホテルで目覚めた違和感が本物。おはようは返ってこないかもしれないのです」

 彼女は前の座席、側面の降車ボタンを押した。

「だから一人身なのね、いつまでも子供」エンジンブレーキの振動が骨盤を伝う。「子供の体で成長を愉しんでみたくはない?」ぞっとするような微笑で彼女は意見を求めた。

「より退屈ですね。長く生きられて遣り残したことが果たせたら、それは満足感に浸れる。虚無や憂鬱と引き換えに」

「命が短すぎたら、いつでも言って頂戴、代用品を用意します」轍に乗り上げたバスが停車、車体は傾く。優雅につり革や手すりに頼らない彼女の姿を目で追った。乗客は皆、後姿に見とれる、運転手もだ。

 部長はT駅へ戻るバスにそれから約三十分揺られた。