コンテナガレージ

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パート1(3)-1

 二駅を過ぎて、席が空いた。車両は混雑時に内部まで人の収納を可能とする長椅子だけではなく、二席が両サイドに配された作りの車両であった。僕は空いた席に腰を下す、背中の鞄を胸に抱えた。隣の男性、白髪のスーツを着た人物は、かしげた首を車両の揺れとタイミングを合わせるよう上下に動かしていた。完全な居眠りである。通路を挟んで右隣の人物が、次の駅を出た地点で馴れ馴れしく僕を呼んだ。まるで、ばったり友人に会ったかのように。

「あれっ、いま学校の帰りかい?おじさんもちょうどお母さんのところに顔を出しにいくところだったんだった。偶然ってあるもんだね。それよりも大きくなったんじゃないかい。うんうん、少し見ない間に子供は大きくなる」音量は若干抑え目、乗客は前の駅が乗り換えの駅だったため、ほとんどが降りていた。前の席はここからは人が確認できない、背もたれから飛び出す頭頂部は見えない。声をかけた人物の前の席は二人とも前の駅で降りていて、その後誰も座っていない。後ろの一人がけの椅子は左右ともに優先席で、空席だった。

「どちらさまでしょうか?」僕は話しかけた人物へ冷徹に訊いた。その人物は声のトーンを低く変える。

「右目から入った信号は左脳、記憶をつかさどる領域を刺激、周辺部を活性化、能力の向上に貢献します。ご自身で、短期的なものから長期的あるいは、記憶の取り出しやそれらへの関連性について、これまでと異なっている見解はあるでしょうか?」どうやら駅前の人物の話をこの男性が続けるらしい。

「基準を設けていないため、まずは明確な始点を計る基準を設けるべきでしょう。散らばったデータほど無意味な情報はありませんから。ですが、おっしゃることの意味は理解できます。記憶に関しては、あまり効果は上がっていない、というのが現状でしょうか。記憶の概念を試験や一般常識に当てはめて考察すれば、その出力を口頭と文字の書き出しに特化した場合においては、ええ、成果はあまり期待されないほうが賢明でしょう。あなた方は処理速度は求めていないと僕は考えています」

「記憶の連結、芋ずる式に記憶が引っ張り出される想像こそ、我々が求める現象。精神安定を促す治療に、無意識の刷り込みや思い出さない悪しき記憶が現状打開の妨げになっておりまして、医療機関やセラピスト、精神科医たちは、連なった記憶の接合が見つけられれば、日常に復帰させられると豪語しています。それだけ、はい、記憶は、我々にとって重要なのです」人の気配、右の視界、人がつり革に掴まる。席は空いている、不自然な行動だ。僕は声を潜める。