皿を拭く館山の表情は、曇りから一向に晴れに転じない。
「不満があるならきくよ」
「五キロのお米は大きいです」
「だろうね」
「緊急事態ですよ!」
「リルカさん、危ないですよう。お皿割らないでくださいね。お皿代、給料から引かれたくありません」
「経営が傾いたらあんたの給料は支払われないの!」
「それは困ります」
「今日になって、何突然。昨日は斜に構えていたのに」国見が首を傾けて肩の張りを無言で訴える仕草。一同は、店の奥、冷蔵庫と洗い場に集結している。
「外見てください」
示された先には、人だかりと釜を収めようとする人の列で膨れ上がっていた。
出窓に背を向ける小川は体をねじって、外部の騒々しい状況を見つめる。「釜がそんなにめずらしいんでしょうかね、おかしいな、すぐ近くにほらイタリア国旗がひらひらはためくお店がありますよ。あそこは店の前を通る度に、仄かにいい小麦が焼ける匂いがするんです。寒いから鼻が利かないのかも」
ベルが鳴った。あまり会いたくはない人物が顔を見せて、堂々と休憩時間に店を訪れる。
「こんにちは」
「申し訳ありません、準備中ですので」すかさず店長が昨日五キロの米を購入した女性に厳しい口調で嗜める。しかし、彼女はひるまない。それどころか、さらに勢いを増している。何者にも負けない気概が体外へ噴出しているようだ。両目は幾分はれぼったい。
「子供のために、どうかお米をまた譲っていただけないでしょうか、お願いします」句の字に折れた上半身。女性は髪を振り乱した姿勢もなんのその、お構いなし、自分よりも子供の命が大切。店長はため息をついた。
「さすがに昨日販売した量で手一杯、こちらも営業がありますので。まあ、それも今日になくなるのですがね」
「居場所が、冬休みが開けた教室に子供の居場所がなくなります」
「非情かもしれませんが、お一人で取り組むべき問題です」国見が店長に代わって応じる。「お客様でもこれ以上の要求は断固拒否の姿勢をとらざるをえません。どうぞ、お帰りください」国見は曖昧な態度は見せない、線引きがしっかり、これが相手との距離感の最上と店長はうなずく。