ただ、たしかに遅いということは気になった。だが、それでも彼女には一定の権限を与えている。国見蘭はホールの責任者である、店長は止むに止まれない事情が発生したと一応の目安を携えた。
忘れ、調理に没頭し、ピザ釜の内部を覗き、持ち場に戻り、時には自分から料理を運び、カウンターのお客には店長が接客を買って出る、カウンターから盛況振りを眺め、気を引き締め直す、そして背中を向け火力を浴びる。
シンク、食器が溜まってきた。皿はできる限り洗わないように小川に言ってあった。限界かもしれない。
午後七時。入店のピーク。雨は止んだようで、ドアをくぐるお客から水滴が消えていた。疲弊した小川は弱音を吐いてテーブルから下げた食器をシンクに持ち込んだ、もちろんシンクは無造作に重ねた食器が、かつていないほどのバランスで動きを止める。そろそろこちらも限界の様相を示していた、従業員同様に。
「蘭さん、どこで油を売ってんですかね、もしかして、カフェで寝てたりして」ホールの様子を気にしながら小川が食器を片付け始める。店長に話しかけているらしいが、店長へはかすかにしか声は聞こえない。カウンターにずらりと座ったお客の会話と振るう鍋が奏でる油・ソース・麺の共演が彼女の問いかけをかき消していた。
こちらを肩越しに見た時に小川と視線が合った。しかし、二度、同様の文句は開口されなかったので、それほどの重要性ではないのだと店長は判断、やり過ごすようにカウンターの皿を取ってナポリタンを盛った。それをカウンター越しにお客に運ぶ、料理の後に、紙ナプキンに包んだフォークを天板に乗せた。
「すいません」カウンターのお客、四人組みの一人が手を挙げて、調理に戻る店長を呼び止めた。
「はい」
「ガレットがメニューに載ってませんけど、注文ってできますか?」首の長い男性が質問した。ランチを食べた人物だろうか、それとも人伝てに聞いて店を訪れたのか。
「申し訳ありません、ランチメニューだけなので、ディナーでは作っていません」
「なんだぁ、来て損した」あからさまに態度が急変。彼らよりもうえの年代はそういった気分が変わるような若者の態度に免疫性を持たない。店長は例外。すでにお客の独り言、そう捉えてこちらへの影響を回避した。判断をせずにそのまま受け止める。
四人が店長の背後でやり取り、あっさりと店長は手を止めた調理に手をつける。
「ハンバーグとかナポリタンのレトロなメニューを頼めって。前近代的な雰囲気を味わいに来るんだよここには」
「知った口を。お前だって、先週はじめてきたばかりだろう。人のこと言えるか。それまでパスタはいい、パスタが最強だって言ってたくせに」
「ナポリタン最強説に変更したんだ、言ってなかっただけのことさ」
「後付け」