彼はこちらを見つめて笑う、同調の意味を知っているようだが、不敵な笑みの効果は知らないらしい。
「本日のランチは、決まっているのでしょうか?」
「あなたの相手をしていると一生作れない」
「返しがお上手」
「私が置かれる明確な現状です。お願いですから、お帰りを」
「それは難しい、私はお嬢様の言いつけを受けて、こちらを訪問した。店を出るのは、了解の取り付けをいただかないと、報告がままならない。私の言う報告はライスの提供再開のみ」
「おはようございます」国見が出勤してきた、彼女に続いてもう一人女性が姿を見せる。国見の見張りを頼んだO署の種田という刑事であった。短い髪の毛と高身長は、登場では目を引く、と店主は改めて認識する。
「どうも、おはようございます」
「あっ、おはようございますう」国見は後ろ手でドアを支えていたので、厨房の店主までで視界が途切れていた。男の存在を視認するのは、声をかけられた後である。
「店長、どちらさまで?」多少小声で、国見が男の正体を尋ねた。背後に佇む無表情の刑事の威力を借りるか、店主は応えた。
「こちらは、お名前は窺ってませんが、お米を無理に提供してお米を店で出してくれと、断っているのに帰ってくれない方です」店主は、慌てて付け加えて、ドアを手のひらで指し示す。「そして、奥の女性がO署の刑事さんです」
「刑事さんですか、はああ、これはこれは。しまった」男は額を叩き、帽子をさっと頭に乗せた。マフラーを巻いて口元を隠す。「お米お米って、それは押し付けるのはいけませんよね。大事なことに、お米の持参を忘れました。いやあ、つくづく自分の不甲斐なさが嫌になります。と、言うわけで、はい、私はこれで失礼させていだだきます」
男の行く手にドアを占領したままの種田が待ち構える。彼女は頭が切れる。私の言い回しを読み取っているはずだ。
「開店前の店に、どのような用件で訪問を?」種田はきいた。並ぶと男と種田の目線はほぼ一緒のライン。要領を得ない、国見は、暖かさを取り戻しつつある両手をこすり合わせ、事態を見守る。
「こちらのファンですよ」取り繕う顔が引きつる。
「最近、この店が危害が加えられた。ちょっと、お話を聞きたい」
「……またの機会に」