コンテナガレージ

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抑え方と取られ方1-11

「通常の、これまでの取引とは異なる、大掛かりな契約ですか?」店主がそっけなくきいた。

「さすがに話が早い」コーヒーが運ばれる、小川が引き下がって、男は話を続けた。「米の需要が飛躍的な伸びを計上しているのは、ご存知のはずですが、小麦も価格の高騰が止まらない。さらに、米、小麦に代わる穀物の価格をも全体的な底上げの傾向が見え始めた。我々は最近の情勢をある程予測を立て、ある商品をあらかじめ大量にそして正当な価格に流通を見込んだ。それがこれです」

 足元のバッグから引き出されたのは、見覚えのある文字。イラストはポップにデフォルメされた海外の浅黒い人が微笑んでいる。その手には、とうもろこしが天を貫く伝説の剣のごとく、ストローハットのわずかに高い位置に掲げてある。

「とうもろこしの粉末ですね」

 男はコーヒーを啜る。煙を吸って深呼吸の役割だろうか、僕と多少似た部分を感じる。「現在、定期的な取り扱いを行う店はほんの数件。そのすべてがメキシコ料理屋。需要は見込めない、上司には散々人間を辞めたくなる言葉を吐かれましたよ。だが、今では先が見え始めた取引を半ば強引に推し進めた功績を買われた。現金だとは思いませんか?」男は含んで笑った。

「この店でのとうもろこしの使用を勧める、という用件でしょうか?」

「有意義な取引先にしか、この価値の高まる粉を販売しないと決めています」

「今後の取引をとうもろこしの粉を天秤にかける細長いつながりによってその形成を拒み、そちらの認知度を引き上げさせて、新たな需要を持ちかける、待機型のアプローチ。扱う、拒否、にステージを引き上げたら後は降りるか流れに乗って購入するか。ステップの段差は低くても、降りるときは想像する高揚感を逃す、そこには喪失が伴う」

「詩人ですな」男は感嘆の声を漏らす。「おっしゃる意味は十分に理解してます。足元を狙った商売にあなたからは映るでしょうね」

「商売にまっとうも嘘もありません。どちらもまやかし。真実を販売する者は、身を滅ぼす。そういう時代です」

「ごもっとも。あなたのような思想の料理人に会えるとは思いませんでした。最初に会ったときとはまるで印象が違う」

「私は変わりません。変わったのは私に対するあなたの見方です」前にも言った台詞だ。

「これは失礼。返す言葉もありません」

 かすかに厨房の冷蔵庫が唸っているように聞こえるぐらいで、ほとんど無音に近い。有線もかけていない。パンは釜で焼くか、それともフライパンで焼くか、お客へのパフォーマンスならば、前者が有力だろうが、あえて釜で焼くメリットはあるだろうか、店主は会話の隙間に考えが飛ぶ。無意識にポケット、取り出したタバコに火が灯る。