コンテナガレージ

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静謐なダークホース 3-1

 ディナー、活気を帯びる時間帯の午後九時。日常会話が途切れた厨房で食材が焼かれ煮られ、油で揚げられ、ソースを塗られ、盛り付けられ、緑鮮やかな野菜が飾られる。国見がお客を一人、カウンターへ案内。ドア側の区切られた二席の一つにお客は腰をすえる。冬場は、最後にお客をそこへ案内する決まりを設けている。ホール内と比べ、気温差を感じやすい位置なので、満席でもめったにお客の誘導は行わない。それは裏を返せば、案内されたお客は店の関係者か店に出入りする業者、あるいは従業員の知り合いであることの証明である。

「店長、あのですね、お昼に話した成分の同定を行ってもらった私の同級です、彼女」館山は、盛り付け料理の完成を教える呼び出しベルを叩いた店主が持ち場の戻るわずかな時間を見計らって、声をかけた。若干、申し訳なさそうな表情である。彼女は手を差し伸べて、末端、他のカウンター席とは離れた場所の人物を紹介する。相手はこちら二人の視線に気がついて、中腰、会釈、微笑がセットになって体現される。慣れ親しんだ染み付いた感覚と店主には映ったが、仕事ではないためか、いくぶん表情の裏表は抑えられていたようだ。おそらく、館山のお願いは、仕事とは思っていないと想像する店主である。

「あの仕事中に話し込んで、問題ないでしょうか?」前職場の想像を超える規律の厳しさを館山が前にこぼしたことを店主は思い出した。この店は、世間話の禁止や作業工程の厳格な明確化とは無縁の世界。しかし、それでも作るのは自分ではない場合にまで、口を出すことは何一つ行わない店主だ。完成品を食べ、味が提供の範囲を下回ると、作り直しや代替品を店主が作る。細かな指摘は、自身への問い掛けが最上。料理は組み合わせでしかない。新しい発想、料理への愛情とは正反対、これが唯一の店主の教えといってもいいだろうか。工程を細分化、分かれた、もう一つの可能性に味の理論が隠れている。店主は、館山の態度に応えるまで数秒で二、三の質問に自動的に脳内で答えてしまった。現実に引き戻る。

「察し迫った仕事がなく、作業と会話を同時にこなせたらなら、問題はないんじゃない」

「すいません。五分ほどで終わります」

「誰ですかね?」小川がきいた。二人の会話が届いていたらしい。泡にまみれた食器とスポンジを両手に持つ。

「チョコレートのような球状の検査してもらった相手」

「ああ、先輩、本当に頼んだんだ。それにしても検査ってそんなすぐに出るものなんですかね。遠心分離機とか、試験管とか、フラスコとか、円盤状の透明な容器に入れたり、ですよね。私の感覚としては、数日、一週間ぐらいは時間がかかってしまうと思ってました」

「企業にある専門の機器を使えたのが、スピードの向上を実現したのかも」店主は、次の料理に取り掛かる。