コンテナガレージ

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静謐なダークホース 3-4

「三十ミリグラムは金額に換算すると三百万。コンマ一ミリグラム当たり一万円の価値。それほど、食品加工の段階で費用がかさむ物質です。一体これをどこで手に入れたのか、不思議でならない。もちろん、自然界には絶対に存在しません」一人熱弁を振るう。比済は髪の乱れをかまうことなく首を振った。

「固体、液体での存在は難しいと?」

「加工に至るまでの段階で、何かしら他の物質との共益関係を結ばなくては、しかも口に入れるためには人体に有益な物質、しかも適量で、一度に大量に摂取しても健康を保てる物質が手を繋ぐ条件。あと方法としましては、そうですね、温度管理でしょうか、状態変化を起こす過度な環境に晒すことで、性質の安定がみられはします」

「館山さん、手紙の内容は伝えた?」店主は館山にきいた。

「いいえ、それは店長に許可を頂いていなかったので」

「栄養ドリンクのように必要な栄養素をその球体でまかなえる、と添えられた手紙に書かれていた。これは事実でしょうか?」

「ええ」即座に比済が返答。「エネルギー、カロリー、栄養素ともに基準値を超えています。ただ、もう一つの物質が……」そこまで言って比済は言葉を濁す。

「何、言ってみて?」館山が次の言葉をねだる。

「体内での成分が減らない」

「減らないって、なくならないって事?」

「そう。モルモットの実験が示す数値が正しいのなら、ええ、栄養分が取り込まれた数時間後も体内の組織バランスは基準値を超える値を示していた」比済は肩をすくめる。「これまでの数々の実験に取り組んできたけど、今回は特に驚かされた。一体これをどこで手に入れたのでしょうか?」

「渡されたものです。ランチに並ぶついでに渡されたようですから、送り主の住所は書かれていません」

「……込み入った話をしたいので」比済は背後をチラリと肩越しに振り返り、戻す。「一旦店を出て、閉店後にまたお話を伺っても?」比済の目線は体に隠れた左手の指が死角となるホールを指していた。

「埃の舞う、片付けの後でよければ」

 比済はうなずくと思い立ったように行動を開始。「ごめん、また会社に戻らなくては、ご馳走様」比済は店主にお礼を述べる。「ご馳走様です、おいしかったです」

 彼女は慌てて店を出て行った。ベルの後にレジの引き出しが閉まった。館山と店主は彼女の行動とあからさまな芝居を読み取る。店主は館山と目を合わせ、すぐに厨房に引き離した。

 片づけに取り掛かる店主と館山、洗い場では小川が洗浄器を止めて、内部の掃除を始めていた。時刻は営業時間終了の十分前であった。