コンテナガレージ

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静謐なダークホース 6-2

 始業の二時間前に、こうして店主が到着。その五分後に小川、国見、館山の従業員三名が出勤。続いて、比済ちあみがその十分後にやってきた。そのまた十分後に店主の弁護士が、さらにさらに五分後に税理士が遅れて到着、契約の運びとなった。

 比済ちあみが持参する書類を店主の弁護士と税理士が、細かにチェックを敢行、文書の記載は読解力を要する難解さを際立たせている。店主は理解の面では問題はないが、それらから派生する様々な制約に関しての知識は皆無。二人を呼んだのはそのため。彼らが読み終えた書類は店主、従業員へと手渡された。

 一時間半ほどが書類の内容把握に費やされる。一時間が経過した時点でランチは、ピザの一品に決め、店主は館山と小川に仕込みを任せた。外は晴れ間が昼まで続く、S市中心街の局地的な天気を店主は端末で確認していた。ついでの試みである。明日は行わないだろう。それほど気まぐれな逸脱。

 内容を精査した弁護士が取り出したラップトップに内容を書き出す。用意がいい、極小のプリンターも鞄から取り出して、印刷を始めた。店のプリンターは旧式で無線利用ができないタイプである。知ってか知らずか、弁護士の対応は迅速、無駄がない。一方、税理士は契約時に発生する、提供金の使用規制を入念に調べているようだった。こちらも鞄から付箋つきのファイルを開き、抵触しそうな箇所を洗う。契約の複雑さは店に関する資金利用にのみ提供金を使用できる、というもので、私的で個人的な利用を抑える決まりを設ける経路が厄介なのだろう。すべて憶測、全容は彼らに委ねる。

 店主は、久しぶりに店内でタバコを吸った。口にタバコをくわえたまま、厨房、足元の缶を手にして、席についた。灰皿の使用は仕事を増やす。国見への配慮である。

 十時、開店まであと一時間。

 コーヒーは弁護士と税理士が三杯ずつ、店主が一杯に比済が二杯。今日は比済のお供はいない。彼女一人である。

 弁護士、税理士は店主の二本目のタバコが吸い終わって、取り決めの小声が止んだ。頷き、言葉が発せられる。「……契約書はこのように書き換えていただければ、あなたの希望に添えるでしょう」ジェントルな声。弁護士はスーツのボタンを留めて、契約の改正を店主に指示する。提示された契約では、不十分であるようだ。

「比済さんでしたか」店主は言う。「契約書をこのように書き換えられますか?もちろん、私はこの契約書にしかサインはしません」

「結構です。希望に沿わなかったのなら仕方ありませんね」比済は済ました顔で右手を払うと、ため息をついて、組んだ足を正す。彼女もラップトップを取り出して、会社の人間とやり取りをはじめた。音声が漏れて聞こえる。「電子版の契約書でも構いませんか?」画面から視線をこちら側、つまり対面に座る店主、弁護士、税理士に同意のまなざしを向けた。