「時間がない。もうすぐにでも出なくちゃ。用件を言ってくれないかな」
「……」焦点の合わない瞳が瞼から覗く、ぞっと鳥肌が立った。何もかも見透かされている、そんな意思が目に宿ってるようだ。「立ち上がりましたね、あの夜。私が通りかかった夜です」
「うん?ああ、生徒と一緒にいた夜のことだね」我ながら弁解がましく、わざとらしい。
「答えてください」
「そうだよ」
「通りの向こうはにぎやかでした。後で調べたら、商品を買い求める行列とわかった。ただ、おかしな事実が浮上しました。あなたの座っていた席には階段で上がるデッキのような場所に椅子が置かれていたし、店に上がるにも階段を数段上った。したがって歩道よりも五十センチから一メートルほどの高さであなたは立ち上がり、向かいの出来事に声を上げると思えません。一体全体、何に驚いていたのかしら、教えて欲しいわ、あなたが言うように端的にね」かしげた首はマリオネットみたいに気色の悪い、這い回る蜘蛛の嫌悪感がにじみ出ていた。瞼が閉じる。本物の人形……。
不協和な空間を切り裂いたウエイターによって、金光は我に返った。危うく操られる感触、意識が引き込まれる思い。オレンジジュースを半分、一気に流し込む。刺激的な酸味に目が覚める。
「一つ聞いてもいいかな?」
「質問してるのは私です」
「あっ、そうか。うーんと、どう言ったらいいのかな、とにかくさあ、光っていたんだ、見えたような気がする」
「どこに?」
「建物の屋上さ。低層の建物の屋上」
「それをあなたは見たと?連れの人は見ましたか?」
「見逃したらしい」
「あなたが食事を愉しんだお店、その場にいたほかのお客は、あなたと同様の光景を見ましたか?不正確で構いません、憶測で話して」