ホッケーのスティックが目の前を通過した。僕らの前にはつり革に捉まる大学生が二人、ひとつ前の駅から乗車している。
彼らにスティックを返す。
「すいません」
「あぶなー、顔に当ったらお前、治療代請求されるぞ」
「立てかけておいたのに、お前が動くからだろうに」
「黙って人の肘使っておいて、なんだよそのいいぐさはさぁ」
「狭いんだからしょうがないだろう。まったくだから彼女が出来ねーんだ」
「関係ないだろ、それ」
「いいや、大いに関係ある。おおあり、オオアリクイ」
「訂正しろよ、おいっ」
「だーれが」
「……言い争いやお喋り、適度なスキンシップは構わない。公共の場だ、許されるだろう。眠っている人もいるし、いびきをかく者もいれば飲食する者もいる。だが、車内のおけるルールを一度逸脱しそうになった事態は真摯に受け止めるべきだ」店主は淡々と語る。「それに、君たちがどこまで乗るのか知らないし、毎日利用しているのかも私は知らない。今後同じ時間帯に乗る場合に痛い視線を浴びないために、周囲を見回したらどうだろうか」
彼らは言われたとおりに、さっと左右に視線を走らせ、互いに見合い、そして小さく縮こまった。
事態は収まった。ただ、今度は彼らが降りたH学園前以降は神経に突き刺さる視線を目を閉じてでも店主は感じられた。よって、駅を降りるまで、移転資料についての考察からは切り離しを余儀なくされた店主である。
明日から時間を早めて乗らないと、店主は快適に過ごせるよう心から願った、誰も邪魔をされないように。