「安佐、ちょっと調べて」
小川安佐が端末を取り出して、声を上げるまで、店主は背後の冷蔵庫を開ける、食材を確かめ、ランチに使えそうな組み合わせを飛び跳ねるような視線、身軽なステップで次から次へ野菜、肉、魚、茸、フルーツ、乾物をめぐった。缶詰もである。手元に夢中な小川をよけて隣の倉庫で回収。
「ひょええー」小川が驚愕する。厨房に戻って、数分後の喚起である。「先輩、回収です、回収。人体に不具合が生じたって。三半規管に影響が予見され、早急に使用者は端末の利用を止めるように、とのことです。被害報告が全国で六百万人って、かああ、私たちが無理して買ったのに、なんとも世界はいつも私の敵だああ」
「店長、私たち、その……」館山が謝りかけたので、僕は制した。知らなかったのだから、仕方ないのだ。
「いいんだ。プレゼントはそのぐらい見返りを惜しまない贈り物が、本来のあり方だと僕は思うよ」店主は籠に詰めた茸のホール缶をどっさり厨房の天板に乗せる。「たぶんだけれど、耳に当てた骨伝導の使用が危険視されてるのであって、通常のスピーカーを使った使用法は利用に問題はないんじゃないかな?どう、小川さん」
「……はあ、店長の言ったとおりです。利用は、可能みたい。ですけど、あまりその使用も勧められない、ブルー・ウィステリアの公式発表が大々的にホームページで謝罪文と利用ついてのお知らせっていう文で書いてます」
「商品の回収はかなり苦労を強いられる」右手に申し訳なさの代表みたいに立ち尽くす館山が言う。「端末の契約は通信会社の支店に持ち込んでも手続きは可能です。まだまだ端末の交換の手続きを行っていない場合も大いにありうる……」
「せっかくのプレゼントが台無しです……、なんだか店長にぬか喜びをさてちゃいましたね」小川が俯く。
「手放しに喜んだ、と見えたなら小川さんの目の錯覚だよ」
「いいえ」彼女は言い切る、瞳に力を込める。「隠しても無駄ですよ。あの喜びを私が見逃すもんですかっ。何年店長と職場を共にしてると思ってるんです」
「一年の七ヶ月と十四日に、今日はおおよそ顔を合わせて三十分といった程度かな」
小川は見開いた目に眉が引きあがった。「……店長ってその昔、神童とか呼ばれてました?いや、そんなことよりも、何よりも、プレゼントです、まずは試しに端末を使ってみくださいよ」
「君が一番興味を抱いてる。館山さんの態度とはえらく温度差、開きを感じる僕の受け止めた印象は間違いかな」