「じゃあ、ホットドックを用意してください。安っぽくて、妙に固く、しかし食べ応えと飽きのこない味のやつを」
「研究者って味覚の鋭敏さを嫌う人が多いのね、どうしてかしら、おいしさは思考過程で除外されるんだろうか……」彼女は電話口で考え込む、悠長に唸っている芝居が、たまらなく可笑しい。この非常時に僕は笑いをこらえる、そのことも笑みを増幅させるのだからしかたないではないか。
息を整えて、通告。「約束ですから、守ってくださいよ、ギブアンドテイクです」
「エネルギー保存の法則ね。覚えておくわ」
がちゃりと通話が切れる。僕は口元を緩めた、にやけるおかしな奴、という認識で見られるだろう。他人の視線を気にする、とは僕にとっていつぶりの感覚か、思い出せないぐらい昔であることしか、引き出せなかった。
ドアが開く、いや押しだされたというのが正確な状況描写だった。
コマ送り、人が数秒ごとに視界に増える。細胞分裂みたいにどれも似たような格好であった。
カクカクと距離をあっという間に詰めた訪問者が近寄る。
バスルームの前。
斜向かいの姿見。ちょうど二人ずつ、短小な廊下に広がる。
クローゼットまできた。あと数十センチ。
どこまでもスローに映像が送られる。這わせた考えが一本の線上にまとまる瞬間と同列の気分だった。
顔が画面を追いつくす。
ベッドに押し倒される、肩口と両腕をつかまれた。されるがまま、無抵抗が無傷に導く。
荒々しい怒声。威圧。対象がどのような人物かを見極める時間を惜しんだ、どのタイプにも適応可能な捜査員の態度。
無駄足だったあぶれた捜査員がベッドサイドに立ち尽くす。窓際とベッドの間に落ちた荷物が無造作に調べられた、着替えがばら撒かれる、これもやはりスロー。
所持品に特殊なものなど持ち歩く危険を誰が冒すか、つまりこれも低俗な位に合わせた対処と考えられるか。
斜め上の捜査員と窓を眺める視線上に肩を押さえつける一人の釣り上げた両目の捜査員が登場した。彼は言う。
「従業員を縛り付けて、挙句は煙にいぶして、痛めつける、お前の神経を拝んでみたいねえ」