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店長はアイス  死体は痛い?4-6

「不可能ですか」美弥都は言葉を切る。席を探すお客が美弥都を見て噂話をこちらに聞こえる音量で通過。美弥都を背後からまだ見ている。「しかし、その証拠は見る者つまり有能な観察者によって始めて証拠に格が上がる」

「証拠となるような物証はあがっていません」背中に垂直な棒を差し込んだ姿勢で種田が反論する。この二人のやり取りは飽きることなくいつまでも飽きずに隣で見ていられるだろう、いいや禁煙席は途中退席も視野に入れなくては、と熊田は美弥都に悟られないように微かに笑い、想像する。

「証拠を持ち去ったのなら、死体を残す意味も見出せる。でなければ、自信があるのですよ、足が付かない自信が。それとも見つかってもいいとさえ思っているのかも」

「やはり他殺とお考えですね?」熊田が言う。

「いいえ。誰がどのように死んだ、というよりも人がなぜその場で死んでいたのかを考察すべきです」美弥都は本を閉じると、テーブルに置いた。「これもおそらく亡くなった方のものですのでお返しておきます」

「他のお客が置いていったかもしれませんよ?」

「思い出しましたから、おそらくその人です」日井田美弥都は類稀なる頭脳の持ち主。刑事である熊田がこれまでであった中で最高ランクの能力が確認できた。手が届かないほど彼女の頂上が見えない、これが彼女を言い表す最善の言葉。しかし、彼女は能力を隠す。垣間見える程度でも熊田は足元にも及ばない。

「顔も見ていないのに、断言できる?」種田の表現は毒素のもの、匂わせる程度に留める事を彼女は選ばない。こと、日井田美弥都が視界に入ると抑えた衝動の一部が美弥都にむき出しで襲う。

「カバーのない本は少数、私の勤め先で見かけたためしはこれまでほとんどなかった。そう言えば、と思い出したのよ、被害者の紀藤香澄さんをね。本屋の名前入りのカバーをかけて読めるのは頻繁に本と向き合う時間そのものが少ない人、お気に入りのカバーを本を代えてまで装着したがるものまた外部の意思に目が向けている証拠、その余暇を本に向けられないのは残念。表紙はすべて取り去った方が、電車などの人目に付く空間で読むには最適だと、私は思うわ。だって、そんなに人は他人を見てはいない、見ていたとしても数秒間ぐらいのもの、数分でも同じ、駅を降りたら目的地が思考のほとんどを支配する。不安定で不確定な他人の思考に惑わされることがそもそもの無駄、無意味。彼女はカバーをかけていなかった。つまり、外的な要因で彼女は本を読んでいないの」美弥都はカップの蓋を空けて中身を覗いた。コーヒーを飲み干せば彼女がここにいる意味は失われる。

 熊田は腰を上げそうな美弥都に質問を投げかけ、退去に待ったをかける。「二人目の被害者、大嶋八郎のポケットに本を忍ばせていたのは、一人目の被害者紀藤香澄を殺した犯人と同一人物の犯行だと仄めかすため、と受け止めましたが」

「二人が共通の目的を持ち、間接的に情報を共有していたと考えると、二人が示し合わせた。遊びのつもりだったのかもしれない。しかし、先に紀藤香澄が死んでしまったので死に場所が限定された。そう彼女の死んだベンチです」

「待って下さい、なぜ同じ場所で?」

「同じ本を持ち、同じ時間に、同じような格好で死ねば、そこに意味が生まれる。何もないのにです。勝手に周りがあれこれと解釈する。見方は一様ではないのですから当然の現象ですよね。大嶋八郎が遅れたのはたんにこの世界の心残りや死に挑む躊躇が引き止めたのでしょう」