新C空港で手がかりを得た翌日、種田は熊田とともに触井園京子の自宅に足を運んだ。雪の降り方は優しく、時折青空がのぞく陽気。見張りの制服警官と挨拶を交わした。熊田は外にとめられた被害者の車に鑑識から借りたキーを差し込こむ。種田は反対に回り後部座席を調べ始めた。特に熊田から指示は受けていない。
「現場に何を探しに来たのですか?」種田は聞いた。車内ではラジオの交通情報が音声のすべて。行き先を告げられずにここまでやってきた種田にとっては当然の主張であった。
「被害者は空港まで車を運転してきたのは何故なのか、という疑問が解消されると思ってな」
「思いつき、ですか?」
「そうでもないさ。カード履歴とその使用場所に設置された監視カメラの映像を調べてもらっている。ここへ来たのはその間、捜査のような素振りを見せつけるためだ」
「あちらの空港なら空港警察に依頼するべきでは?」
「京都や大阪でもカードは使われていたからな、アチラコチラに話を通すのは面倒だから一括してその辺の処理が上手な警察庁にお願いしたんだ」
「熊田さんがですか?」
「嘘を言ってどうする?」
「いえ、意外だったので」単独行動を好み、情報のやり取りを嫌う傾向であるとの認識であったが、思い違いだろうかと種田は考えをめぐらせた。熊田は運転席に座り何やらハンドルを握っている。子供のように右に左にそれからシフトレバーに手をかけてと忙しい。終いには引かれたサイドブレーキも触る。ミラーに触れて私と目が合う。
「楽しそうですね」
「仕事だ」寒いと感じたのか、熊田はドアを閉めた。中腰でシートに膝を乗せていた種田も運転席の真後ろに座り、手を伸ばしてドアを閉めた。見張りの警官がこちらを数秒間見つめていた。
「被害者の身長はいくつだった?」熊田が種田に問いかける。
「百五十八センチ」
「そうか」
「シートが合いませんか?」
「足と胴の個人差を考慮しても百六十五から百七十センチ前半の身長でペダルに足が届く位置だ。誰か別の人間が運転しているのかもしれないな」
「恋人でしょうか?」
「それか仕事仲間か」
「彼女は一人で仕事をこなしていたと聞いています」
「うん。だが、雑誌のライターともなるとカメラマンが同行する場合もあるという。彼女の持ち物にカメラは一台もない。デジカメもだ」
「では、その仕事仲間が車を使用していた」
「そういうことだろう。ここまで運転してきたのは彼女の運転では無さそうだ」
「空港から自宅までに誰かと運転を代わったとの言うのですか」種田の首が助手席と運転席の隙間から伸びる。たしか、空港の駐車場を出る時は被害者が運転していた。
「代行運転ってこともありうる」
「調べますか?」
「いいや、いい。鑑識の結果を待つさ、時間はあるんだ」
「彼女は殺されたと思います」種田は意見を述べた。
「理由は?」
「血の飛散状態です」
「うん」
「死因は絞殺、刺創に生体反応はありません」
「自分で首を絞めてから人に刺してもらったのかもしれない」
「首を吊った、ということでしょうか。しかし、誰が後処理を率先して行うのですか?」
「誰でも。彼女に恩があったなら最後の望みぐらいは聞いてあげようとする」
「恩義を感じていたなら自殺を止めたはずです」
「絶対か?」
「間違いなく」
「それが彼女の望みだったとしても?」
「心よく受け入れたとは言えません」