「凶器先端の形状は鋭さに欠ける。なぜ、そのような手間をかけたのでしょう。血液の飛散のためだといえばそれまでですが、結局は遺体から引き抜かれていた。おそらく、血で汚れないようシートなりを厳重に張り巡らせてた。すると、その他に選択した理由が存在するとの見解に行き着く。凶器は手頃なもので代用したのです」
「……だから見つけて欲しいのか」
呟いた熊田に無言で種田は圧力をかけた。手ごろなものとはなんだろう?
「足がつかないように量販店で購入した新品の凶器ではなくて所有物で代用したのさ、見つけて欲しいから」
「被害者の死亡を知ってほしい、知らしめたい、これが事件の終点だとすれば、犯人も捕まえてもらいたかった、とおっしゃるのですか?……自殺なのに他殺に見せかけた、見つけて欲しいのに見つからないように装った」種田が満足気に口を両側に引き伸ばした。珍しく笑っているようだと、実感する。いつもの私は自分で言うのも気が引けるが心が通っていないと映るそうだ。隠してる本性が片目で凝らした隙間から覗き見た。
「触井園京子は不来回生か理知衣音のどちらかに、そして不来回生は理知衣音に殺されたとの解釈があなたの見解ですか?」種田が上目遣いそれも白眼を強調して述べた。
「なぜそうしたのかの理由は誰も説明不能。もしも口があって意見を主張したとしても、それが真実であるかどうかは、あなた方警察が作り上げた枠組みで処理すれば良いのです。現在の倫理で結論付けたいのであればね」
「衝突事故の運転手はこれらの関係者やM車と関連性は認められませんでした」
「なぜ関連を持ちだそうとするのかしら?すべての状況を洗い出し理路整然と解明される事柄がどのぐらいこの世界に認知されているでしょう。ミステリーや小説ではないのですよ。事故を起こした方はただぶつかりたかったのかもしれません。非常識とは思いません、むしろ人としては正しい反応です」
「人生が狂ってしまっても、そう言えますか?」
「なぜそうするのかを突き詰めるといくらでも答えは生まれる。つまり、解答は常に更新され移り変わっていく。昨日までの規制が今日からは解禁などというものが個人の内面でも在り続ける。その箍が外れるか外れないかです」
「曖昧」吐き捨てる種田の言葉。しかし、美弥都は表情を一切変えずにその言葉を受け止めた。
「そうね、でもそれが真実であると私は思います。だからこうしてわざわざ話して差し上げているの。本来なら言葉に出すこともはばかられる、抽象的な観念ですから」
お客の入店で美弥都の見解は打ち切られた。カウンターで睨むような種田の眼光にお客は身に覚え内のない非礼を探した。微笑の美弥都がフォローで二人のお客は逃げるように二階に上がっていった。煙草がタイミングを見計らって灰になる。熊田はおもむろに立ち上がり、タバコを灰皿に押し付け、レジで会計、座っていた種田に声をかけて二人の刑事は店を出た。
店の隅でうずくまっていた猫が、存在を知らせて一声鳴いた。