さくら不動産が面する通り。
鈴木のセダンが急ブレーキ、前につんのめるような慣性の法則のお手本、体をシートベルに引かれて、運転席の鈴木が早急に乗り込めと手招きした。
「見失いましたか?」
「窓から外に出たみたいだ」唇をかんで鈴木が苦々しく言った。車の行く先に種田はまったく見当がつかない。
「どちらへ?」
「決まってるだろう、仕事の関係者をあたる」
「急ぐことですかね?」
車は国道から一本逸れた下道の幹線道路を縫うに走行、そして標準の車速を十パーセントほど上回る速度、種田は身の危険を感じた。
「仕事がなければ、どこかへ身を隠すつもりだろう。主要な駅、空港を利用するはずだ。まずは仕事の有無を確認する」
「速度を落としてください」種田は冷静に進言した。
「僕の責任だ。ビックチャンスだった、逃がすわけにはいかない」
「履き違えています」種田は、言った。
「なにがだよ?」ハンドルを握る、前方、フロントガラスを見つめる鈴木の顔が一瞬こちらを向いた。
「柏木未来は家を購入した事実を我々に伝える係りだったのです。もう姿を追っても無駄足、見つかりません」
「事実を伝えるって、それだけのために家を買って、仕事場を設けて、警察が来るのを待って、逃走したって、そんなこと……」鈴木は嘲笑を含みながら、しゃべったが、言い終わるにつれて種田の発言の真意を悟る。ハンドルに添えた人差し指が定期的に跳ねた。
沈黙。早朝の通勤ラッシュ。信号機がまだまだ遠い位置で前方車両の速度が落ちる。
停止。
荒っぽくタイヤが路面を捉えて、動かないタイヤを支点に車体が前後に揺れた。
「さくら不動産で仕入れた情報は?」シートに左手をかける鈴木は体の前面を種田に向ける、側面で座っている体勢である。
「柏木未来が購入した建物は、土地の所有が複雑に入り組んでいました。三名の所有者が土地の権利を有し、その内の一名によって建物を建設、互いの利益は建物賃貸料を配分しバランスをとっていた。ですが、内一名が建物と土地の一部権利を柏木未来に売却、行方を晦ましています」