鈴木は早手亜矢子の自宅前で車を降りた。夕方。S市の中心街から電車で20分。最寄り駅に駅舎と運転所。運転所には様々な車両が留置され職員の自家用車も多数駐車されていた。
白い腰ほどの門扉。インターフォンを押す。遅れて、か細い声で返事。
「O署の鈴木と申します」
「……はい、どうぞ」出迎えはないようだ。鈴木は内側に手を入れて門の錠を外し、壁に沿った階段を昇り玄関の戸をあけ中に入る。「早手さん?」
「……お入りください」声はすれども姿は見えず、けれども落ち込んだ心情は感じられた。左右に広がる空間。右手に階段、正面左に続く廊下を進んだ。
「失礼します」ドアを開けるとリビングが飛び込んできた。リビングと続く引き戸の和室に横たわる体と傍らに寄り添う母親。鈴木は和室には入らずに手前で腰を下ろし座った。「早手さん?」
「はい、もう大丈夫です。もう娘の顔はしっかりと覚えました。仕事ばかりで子供のときのようにじっくりと娘の顔なんて見てなかったものですから……」
「お気持ちはお察しします。あの、このようなときに娘さんの事を聞くのは非常識かと思いますが、捜査にご協力願えませんでしょうか?もしかすると、別の被害者も出るかもしれません」
「ええ、大丈夫です。わかっています」涙のしみこんだハンカチを手に、居住まいを正して母親は正面に向き直った。
「最近娘さん、亜矢子さんに変化はみられましたか?」
「ないと思います。過保護な親にはなりたくはないので娘の行動にはあまり詮索していませんでした。もちろん、もう大人ですからそれなりのお付き合いもあるかと思いますが、正確にはわかりません。あまり、自分のことは話さない子なので」
「普段のお食事はお2人で食べられるのですか?」
「朝はそうですね。でも夜は帰ってくる時間もまちまちですから、一緒には食べることはあまりないです」