事務所内の目撃も薄く、不確か。しかし、見ていないとはっきりと言わないところに接触を匂わす。
後日に訂正の予感。
熊田は、事務所の二人にタバコを見せて、喫煙の許可をもらい、煙を吸った。天井にかすかに空いた排水溝のような金属のスリットが小さな円で囲われている。煙を嫌う左隣の種田は、タバコに反応を示さなかった。長時間の帯同で一、二本の喫煙は許可される。
「樫本さんは車を運転されますか?」
「ああ、ええ、できると思いますよ」多田が思い出す。「彼女、レース観戦に出かけたって前に言ってました」
「観戦と運転は別物」種田は言った。
「免許は持ってますよ」
「同じです、身分証明書の代用品として使用しているかもしれません」
「同乗しました、彼女の運転する車に」
「でしたら最初からそうおっしゃってください」
「通じません普通?」
「ええ」
「相田さん、度が過ぎますよ、そろそろ起きてってば」鈴木はばつが悪そうに、相田の重い体をゆする。苦笑いで事務所の二人に大目に扱って欲しい、そういった要求である。
「たいぶお疲れのようですね。こんな時間までって自分のことを棚に上げて言いますが、大変ですね捜査」
「普段が暇ですから、適度な忙しさは生きがいを与えてくれます」種田は正面でうつらうつら動く頭を見つめて、即座に反応を示す。
「錯覚でも?」落とし穴を掘っている人物の瞳で多田は感想でかすれた声を発した。
「錯覚と自覚している自分をもう一段階上から観察してますから」
「めずらしい。それってかなり疲れませんかね」
「取り込まれるよりはましです。だから、私は省エネで生きている」
「人生楽しくないでしょう」
「ええ、楽しくないような世界で生きています。しかし、選んだのは私です。楽しさを優先すると必ず纏いつく歪みを避けるための選択。不本意である、とは常々感じています」
「ようやく眠気をカフェインが吹き飛ばしたというのに、話が壮大すぎる……」鈴木は聞こえる禅問答のような対話にぼやく。無理もない。熊田は、内部で静かに笑った。
その後は取り留めのない話が終始、会話の終わりに近づくとめぐり、また先に戻って会話を辿るといった不毛な時間が数十分流れて、鈴木がトイレに立ったのをきっかけに熊田たちは退出を決め、社長の自宅へ向かった。しかし、明らかに訪問の時間を逸脱していると車内の意見がまとまり、一向は本日の捜査を切り上げた。