コンテナガレージ

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蒸発米を諦めて2-3

「三分の一だけ。残りは明日にゆっくり火を入れて、ルーに絡める」

「あの、お母さん。困ってましたね?」小川は几帳面にサロンを折りたたむ。

「食べられないのなら仕方ない」国見はうつむいて言った。「他の選択肢が普通だと思えなくては、生きるのは困難」

「これから高額なお米だけを食べて生きていけってことですか?」

「大勢、そんな人は潜在的に存在していると思うけれどね」

「ああ、そうか。うん。これから小麦を食べる機会は順当に増えますもんね」

「安佐、着替えるよ」店長の動きの見切りをつけて館山が呼びかける。

「はあい」

 厨房の二人に遅れて、ホールの国見も着替えに立った。

 厨房に残る店長は淡々と作業に復帰、取り出した鶏肉の三分の一をさらに二つに分ける。一つは、表面を焼き、もう一方は蒸し器で火を通す。それにあわせ、ルーも二つに分けた。明日に二つを比べて、好ましい方をお客に提供する。そのため、ルーは通常見込んだ量の倍である。選ばれない方を賄いにまわす、という安易な方法は選ばずに、一晩寝かせたカレー、具材の味が染み出す味の変化を見極めるつもりだ。いつも実験である。大変で苦労が絶えない、寝ずにメニューを考えた、そういった労力を前面に押し出す味の押し付けを店長は好まない。お客には無関係の事柄だ。あくせく働いている姿に気づいて労いをかけて欲しい、誰のための料理だろうか。

「お疲れ様です」従業員が流れるように入り口に足を進め、挨拶。

「お疲れ」

「まだ、帰らないんですかぁ?」小川が覗き込む。

「終電までには帰るつもり」ドアベルが不規則、前後左右に揺れる。

「ああっ、置いてかないで。お疲れ様です」ドアが閉まる前にノブを掴んだ小川が店を出て行った。

 明日以降のメニューを考える。日曜は休み。店を開けなくとも彼は店に出ることがたびたびある。新しいメニューの考案がその最たる理由。蒸し用の鳥に包丁で切れ目を入れ、バットごと蒸し器に入れる。タイマーを二十分にセット。調理は同時進行、時間のかかる作業から先に手を加える。次はフライパンで鳥を焼く。しっかり表面に焼きを入れたほうが、味がしみこむのか、はたまたゆっくり細胞を壊した方にうまみの抽出が適しているのか。ここでもまた、分かれ道。面倒とは思わない店長は、さらに焼く鳥を二つに分けた。