「だってまだお米は十分に余裕があったはず、変ですよ。行き過ぎて、おかしな人だったけど、それは子供の為を思ってお米を買っていたからで、……そうか、自分たちのためだったのかも」小川は白く粉を拭いた頬の顔を、わずかに傾ける。
「白米を食べる権利を大半の人が剥奪されたんだ。禁止されてない以上、小麦を食べる権利は早々奪い取れはしないよ」店長は、国見の訴えをあっさりと却下、受け入れを拒んだ。国見は、続ける。
「健康被害を訴えたら、この店で食べたから健康を害した、そう訴える人が出てくるかもしれません」
「どの店で食べた小麦であるかは、当人の申告でどうにでも訴えられる」
「ねえ、何をそんな弱腰でテレビを真に受けてるの?」館山がきいた。
「だって、店の信用だけじゃない、一つの一回のミスで店の存在が消えてなくなるのよ」
「加工食品の成分表示は義務。しかし、飲食店の食材をすべて明らかにしたらそれは、店の味が知られてしまう可能性もあるんだ」
「以前、勤めた店で食中毒の被害を出しました。お客の足が回復するのに一ヶ月の時間を要した、この店でそれは閉店を意味する」
「ナンは販売する」
「店長!」
「口コミは頼りにしているけれど、噂を信用しないのが僕の考えだ。小麦の使用は許されてる。ならば、使用は継続する。お客が求めるのならなおさらさ」
「しかしですよ、訴訟にでもなったら、信用は一瞬にして失われて、いくらおいしくたって、巷で評判だからって、お客は手のひらを返したように他の店に移りますよ」
「むしろ好都合」店長は国見に笑みを注ぐ。「自らの舌で昼食を選ぶ人に淘汰されたのは、喜ばしいことだよ。結局、足を向けない人物は、アレルギーか尾ひれのついた噂に一喜一憂するお客なのだろう」
「蘭さん、店長の説得は一生かかっても不可能ですよ、徳川の埋蔵金ぐらいに突破口は見当たりません」
「あんた良く知っているね、そんな昔の話」
「ネットで見ましたから」
「えばるな、褒めてない」
「着替えてきたら、もうすぐ十時だよ」店長が伝える。
「……」
「この店は、君が想像する店の傾きには陥らない。その保証がどこから来るのか、という質問に対しては、短期的な収益と長期的な収益を見込む事業の展開を平行して行っている点が回答だ。君が見ているのは長期的なタスクだ。先が見えない、見通せないのは当然。変化率を見込んであるからね、修正を加えて進むようにしているのさ」