コンテナガレージ

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抑え方と取られ方 5-5

「国見さん、大卒ですか?」

「一応ね、地方大学だけど。仕事に培われない学問をそれなりの施設で肩書きを手にしただけ」

「そんなもんですかね。おっと、安佐から。なんだろう。もしもし。うん、もうすぐ。えっ?そうなんだ。ふうん。知らない、だって取材の許可は店長が許さないでしょう。さあ、きいてないけど。そう、あんたかなり元気じゃない?ああ、いいわかった、しゃべるな、うるさいなあもう。はいじゃあね、お大事に」

「何、安佐?」国見が端末を指してきいた。

「テレビカメラで通りの行列が映っている、小川が言ってます。何でも、角のアパレルだかの服屋がリニューアルオープンだそうで、そのレセプションパーティーの中継だそうです」

「ジョイフル・マニエールね」

「服に数万円をつぎ込む神経を疑う」館山の服装は、実に質素で色合いは、いつもモノクロ。「洋服でその人の価値が上がれば、誰だって買うのに」

「気軽に買えない、だからブランドとして価値を見出せている」店主はそっけなく、口元を緩ませて言う。開店は数分前に迫った。鶏の焼き具合を確かめる。

 コンロの前に移った店主へ館山の疑問が投げ掛けられる。「単純に高い買い物が可能な経済力を示しているのとは違うんでしょうか?耐久性であれば、リーズナブルな価格にも分がありますよ」

「数多い接触を日常とする仕事に携わるのであれば、それ相応の価値を有する人間としての見え方は、洋服一着の仕事はたとえば、相手への信頼を勝ち取るためにこちらの真摯な態度を数十分欠けて説明する労力を省いてくれる。もちろん、服だけが、印象のすべてではないが、短時間に本題に入り込む予備の段階を設けないためには、外装をこぎれいにそして相手にわかりやすい仕様を汲み取らせることも商談には重要な要素に思える」

「まもなく、あけます」国見が腕時計の刻限を告げる。

「いよいよですね」

 こんがり焼き目、皮がぱりぱり、油の跳ね返り。

 お客はブランドに流れるのだろうか、それとも西洋の味を選択するのか、はたまた日本古来の植物に手を伸ばすか、いいやめずらしさに溺れてみようと試すのか。

 ただ、この店へ並び、ランチを獲得することは、もうブランドなのかもしれない、と店主は思った。

 購入に着飾った姿、それを見せるための外出、反響。

 パーティの催しは、新規顧客の開拓。既存の通いつめるお客では不十分。単価高さゆえのジレンマ。低価格でも多くの人に知らせられる。ブランドは一人一着を目指し、低価格は数枚の定期的な購入を希望。その点、食事は消化というサイクルのおかげで、毎日消費を求める。短いサイクルだ。これが究極のブランドなのかもしれない。まるで、雑誌に書かれたスペックの説明書き。その先が知りたいのに、あなたの価値を踏まえた文章が、読みたかった過去が蘇る。

 フライパンの油をペーパーでふき取り、鶏肉を焼く。

 ベルが揺れた。

 開店。

 容器にご飯を盛り、鶏肉と副菜を。それにハンバーグ用の包み紙のなかに、熱さに耐えるテーブルナプキンで包んだ大豆のサンドイッチ収める。

 出窓の館山に目配せ。

 第一陣を前任者の遺産である焼き上げたパンを入れる、黄土色のプラスチックの大型容器に、各種ランチを詰め込んで、店外の簡易テーブルに運んだ。