コンテナガレージ

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あちこち、テンテン 6-3

 立ち上がる少女の口元が赤に染まっていた。驚きを隠せない、一歩後退する。何か動物を肉に食らいついたような口元の汚れ方。恐怖がよぎる。私は食べられてしまうのではと、宅間は左右、逃げ道を探す。少女が一歩前に左足を踏み出す。それに呼応して宅間も後ずさり。冷涼な空気は汗の冷却効果だ。戦慄なのでは決していない。これが幽霊というものだろう。霊感の類はまず持って私には備わっていないと思っていたが……。
 にこやかとは言い切れないが、赤い口は左右に力なく引かれている。緑のコートだろうか、きっちり首までファスナーが絞まっている。また一歩の接近。
「な、何か、用かな?お父さんか、お母さんが車を預けているのかな?」子供だからといって、わかりやすいように大きな声でしかも普段は絶対に多用しない言葉遣いで宅間はご機嫌を伺った。けれども、相手は一言も発しない。室内は暗い。
 すると、少女はおもむろにポケットから拳銃を取り出した。ただそれは子供がよく使う水鉄砲である。安堵したのもつかの間、少女は床に液体を発射する。宅間の足元にも被弾。色は赤、彼女の口元と同系色。かすかに闇で光る塗料だ。べったりとした印象。腰を抜かした宅間は、必死で窓口に後ずさる。
 少女の口元がわずかに引きあがる。連動して彼女の左手も稼動、液体が銃から発射された。
 文字を描いている。


 S
 O
 S


 救難信号。起源は船の救難信号だと記憶する。最近では、どこでもその意味さえも知らずに、救助を求める信号の意味合いが主流だろうか。誰に対する助けだろうか、宅間は少女を見つめて考えをめぐらす。突発的に刺される可能性をはらんだ距離を自分はとったのか。少女の形容には猟奇的が最も当てはまる。まだ余裕がある証拠。こんなにいろいろと考えが飛躍するんだから。
 少女がこちらを向いた。やっぱり、口の周りの液体は血液にしか見えない。聞いてみようか、いいや、言葉が通じるとは思えない。そっと携帯に手を伸ばす、右のポケットだ。軽く体を斜めに死角を作る。